前潟都窪の日記

2004年10月19日(火) 腸チフスに罹患

▼腸チフスに罹患
 日の出社宅で一番大きな出来事は、法定伝染病の腸チフスに罹ったことである。その日は父の勤めが休みの日で、父と勇と妹の幸子の3人は母親心尽くしの弁当をリュックサックに詰め込み、嬉々として大同江へ魚釣りに行った。その日は鮒が5尾釣れただけで何故か、翌日、勇は熱発して激しい下痢に見舞われた。医者の診断では腸チフスだから直ちに隔離病院へ入院させなければならないということになり、朝鮮人の付き添い婦がつけられて入院した。腸チフスに罹った原因は、魚釣りに行った時、大同江の水で林檎を洗い皮のままかぶりついたので、河の水にいた病原菌が体内に侵入したのではないかということであった。最初は母親が付き添って看病にあたるつもりでいたが年配者からの助言で腸チフスの場合、身内の者が付き添いすると助かる命も助からなくしてしまうから、赤の他人の付き添い婦を頼んだほうがよいということになったのである。

 その理由はこの病気の場合、患者が食べ物や水を欲しがった時にこれを与えると、必ずと言っていいほど患者を死なせてしまうことになるという。身内であるが故に医者に禁止されていても患者が可愛そうになり、ほんの少しぐらいならと情にほだされて、医者の目を盗んで与えることになり、これが仇となるケースが非常に多いということからであった。

 また、入院するときに、必ず退院して来られるように新しい下駄を持ち物の中に入れるようにと言われて、母親は正月に履かせようと仕舞っておいた下駄を荷物の中へ入れた。柩に入って帰るのであれば履物は無くてもよいという縁起担ぎである。若かった母親はこのときばかりは、二度と息子がこの家へ帰ってくることは出来ないのではないかと覚悟し、我が子の病気快復を神仏に祈念して願をかけた。一週間水垢離をとって近くのお寺へ日参したのである。結果的には付き添い婦を付けたことが功を奏して全快した。付き添い婦は飲食物を欲しがる勇の要求を断固として拒絶したからである。

 隔離病院へ入院したとき、コルク製の弾に糸のついた玩具の鉄砲をお見舞いに貰い、これが嬉しくてベットの中で引き金を引いてはコルクの弾を発射させて遊んでいた。そのうち体も衰弱して死線を彷徨ったのでいつしかこの鉄砲も部屋の片隅に置かれるままになっていた。やがて退院となったとき、看護婦が玩具の鉄砲を持ってきてくれた。引き金を引こうとするのだが、力がはいらなくて引き金が引けなかった。ベットから下りて歩こうとすると、両足で立つのが精一杯で歩こうとしてもよろけて転びそうになり、歩くことが出来ない。人力車まで父に背負われて行った。


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