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2009年06月08日(月)  あの日の海 (5)
3人で囲む夕食のテーブルはとても楽しいものだった。
もちろん、昔よく行ったイタリアンのお店。まだお店が以前のようにあるのがうれしかった。
その周辺もやはり無くなっているお店があったり、
新しくできたお店もあったりしてそれが時の流れを感じさせた。
それでも、勝手がわかるお店でその日のオススメをつつくのは幸せだった。

そのうちに、マチコがタクミに目配せする。
あ、そかそか...
もっともらしく咳払いするタクミ。

実は、俺ら結婚することになったんだ。
まだ他の連中には話してないんだけどさ。
まずはユウコに話をしなきゃ、ってマチコと言ってたとこだったんだ。
虫の知らせだったのかなー、こうやってユウコが来てくれたって。

「そう。おめでとう。いつ報告されるのかな、とは思ってたけど。」

すっと準備していたかのようなお祝いの言葉が出る。
でも、聞きたくなかった、直接タクミの口からなんて。
自分は結婚してるのに...なんかずるい、わたし。
それに、こんな気持ちになるなんて、あの人のことだって、裏切って...

ユウコ、ごめんね。
不意にマチコが言った。「なんで?...もう昔の話じゃない。酔ってるの?」
ううん、大丈夫。ごめんね...
わたしは、注文したのにほとんど口をつけてない白ワインで、ほんの少し唇を濡らした。
マチコの言うこと、言いたいこと、なんとなくわかる。
タクミは黙ったままだ。
あの日の3人から、結局誰もあの場所から動けなかったんだ、この10年。

「もう!あんた達は、ほんとに気にしぃなんだから...」

そう言いながら、視界がぼやけた。
でも、それがどういう涙なのか、自分でもわからずにいた。





ホテルの部屋に戻って、買ってきたお茶を一気に飲み干した。
シャワールームに入り鏡を見たら、なんとなく顔が浮腫んで見えた。

「今度会うときは夫婦だねー、きっと。」
別れる時に、そう言って二人に笑ってみせた。
わかりやすいなぁ、ふたりとも。露骨にほっとした顔するんだもの...

お茶を買ったドラッグストアで、もうひとつ買ったものがあった。
小さな箱からスティック状のそれを取り出して、握り締めた。
あの優しい人は、まだ知らない。
その優しさの裏に、何があるのかも、わたしはまだ知らないでいる。

どうしよう。

一旦、シャワールームから出てため息を一つつく。
携帯を取り出して、一気にメールを打つ。
『ごめんなさい。本当は今新潟にいます。
明日最終の便で帰ります。迎えに来れる?』
間髪いれずに、送信した。

どうしてウソを告白したのかわからない。
でも、これでフィフティー・フィフティーだと自分を納得させる。
...勝手にそう思っただけなのにね。
再び、シャワールームへ行き、お湯を溜める。
とにかくゆっくり浸かろう。
それから...




入浴から戻っても、夫からの返信はなかった。
この旅行を決めた時から感じている不安が大きくなる。

眠れない夜になるかと思っていたけれど、驚くほどすんなり眠りに落ちた。
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