加藤のメモ的日記
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| 2018年05月20日(日) |
戦国武将の手紙� ”霤朕�玄 |
浮気の言い訳、パワハラの謝罪、老化の愚痴……。人間味あふれる意外な一面を、貴重資料から読み解く
武田信玄
浮気はしていないと必死の言い訳
1、弥七郎に度々言い寄ったが、虫気(腹の病)ということで相手にされていない。これは偽りではない。
1、弥七郎を伽(寝床)に寝させたことはない。以前にもそのようなことはない。まして、昼夜、弥七郎とそのようなことに及んではいないし、今夜もそうである。
1、別して、知人ということでいろいろ走り回れば、かえって疑いを受け、それは迷惑である。この条々、もし偽りであれば、当国、一、二、三大明神、富士、白山、殊(こと)には八幡大菩薩、諏訪上下大明神より罰をこうむるべきである。
並みいる戦国武将たちから「甲斐の虎」と恐れられた武田信玄。1546(天文15)年のものと推測されるこの手紙からは、純情な恋心がうかがえる。宛先の春日源助は、武田家の重学書「甲陽軍鑑」の著者であり、武田二十四将に数えられる家臣・高坂昌展といわれている。20代の信玄の恋の相手は男性だったのだ。
源助から弥七郎との浮気を詰問されたのだろう。手紙では、言い寄ったことは認めながらも「一度も寝ていない」と必死に弁明し、これが嘘ならば神仏より罰を受ける、と言い切っている。「当時は男性同士の色濃い、衆道が一般的だったとはいえ。其の痕跡が文書となって残っているのは珍しく、この一通限りではないでしょうか」(静岡大学名誉教授・小和田哲男氏)
『週刊ポスト』5.5
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