加藤のメモ的日記
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2016年03月23日(水) 老人学の再教育が必要 ��

この頃「利己的なお年寄り」が増えたのではないでしょうか。84歳の作家・曽野綾子氏は新著『老境の美徳』でそう綴る。「高齢者の甘え」を指摘してきた曽野氏が、急速に進行する高齢化社会を生きる日本人に「美しい老い方」を問いかける。

長寿社会の副作用

最近、毎日のようにニュースに登場する人物には、少し年齢的な偏りが見えるようになった。十代の若者が犯罪を犯す事件が続いた時があったように、年寄りが事故の原因になることが多くなったのである。高速道路を逆走した。車のアクセルとブレーキを踏み間違えて、コンビニの店頭に突っ込んだ。線路を歩いていて轢かれた。こうした事件の報道を読むたびに「どうしてこういうことが起きるんだろうね」と理解に苦しむ。その理由が認知症にあるらしいとはわかっているのだが……。

歴史始まって以来、これほど多くの高齢者が全く新しい生活をするようになった時代もないのだ。戦前は、70代まで生きる人は珍しかったのだが、今では100歳に近い人もざらにいるし、高齢者が社会の人口の30%近くもの比重を占めるようになるとは、誰も思わなかったのだ。これは日本が医学的に長寿社会を出現させるのに成功したことの、副作用と言わねばなるまい。

戦後の日本は、長い年月をかけて様々な病気を克服したか、少なくともそれを予防する方法を見つけた。戦後はすぐに結核、感染症による腸炎など、死亡率の高かった疾病を治すことへの挑戦が始まった。らいの治療薬ができたことは画期的な福音をもたらした。その後HIVも、癌もそれなりに闘う方途ができた。現在、癌と宣告された患者もすぐ死ぬとは思っていない。様々な延命や治療方法がある、ということを信じて、むしろ普通の生活をいかに続けるかを考えるようになった。私は80代半ばの今日まで、4人の高齢者と同居してその最期を見送った。私の実母(83歳没)、夫の母(89歳没)夫の父(92歳没)、そして今まだ健在だが夫は90歳である。

この頃、家族というものは重荷だとか、人間の最期は一人で死ぬのでいいというようなマイナスの視点から捉えた家族論が流行っているようだが、私は昔から、家庭の状況は運命で、何一つ選べないものと思って生きてきた。仕事の種類や旅行の行き先なら、人間は選ぶことができる。しかし自分が、生涯誰といつまで、どのように生きるかを決めることは、ほとんとできないのである。

私は家族を積極的に肯定もしなかったが、家族など不要だと否定もしなかった。夫の両親も私の実母も、私たち夫婦に頼っていて、ともに住むことを選んだからそうしたのである。私たちの息子が18歳で地方の大学に行くまで、一時期「三世代同居」の時代もあり、その複合家庭の話を聞いた知人の一人は、「いまどき、まだそんな家庭があるの?」と驚き「支那の家みたい」と言った。「支那の家」というのは、私の子供の頃はやったパール・バック女史の描いたチャイナの古い家庭みたいだというのだろう。朝早く起きたお嫁さんはまずかまどに火を起こし、お湯を沸かして姑に熱いお茶だかお湯だかを運ぶ。すると老女は咳こもりながら、朝のお湯がないと老人は生きていけない、というようなことを言う。

私はそんな献身的なお嫁さんの生活はしてこなかった。私は小説を書いて、子供を育て、子育てが終わると、老世代を同居してその最期を見た。そういう運命になったから、そうしただけである。私は昔から与えられた状況の中で、どうしたら少し良くなれるか工夫したことはあったけれど、理想というものは現実にはないものだ、と最初から思っていた。だから理想に憧れたこともなかった。



『週刊ポスト』3.25  曽野綾子 昼寝するお化け


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