加藤のメモ的日記
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2015年02月03日(火) 70過ぎたら死ぬのが楽しみ ��

あなたは何を怖がっているのか。皆さん、あの世でまた会いましょう。

70過ぎたら死ぬのが楽しみ

定年退職で仕事を離れ、子供も育って世間並みにやることはひと通り済んだ。なのに、死ぬのが不安で仕方がない。でも、少し考え方を変えるだけで人生は突然、グンと楽しくなる。

完全燃焼してきたから

「私が『あの世』というものに気付かされたのは、退職してからです。死ぬことは寂しくも、孤独でも何でもないんだな、と。今では是非、あの世とやらに行ってみたいなと思っているくらいですよ。死ぬということに対する考え方が変わって、むしろ楽しみになって来たんですね」元東京都監察医務院長で、これまで2万体以上の検視を行ない、ひたすら死を見つめてきた法医学者の上野正彦氏(85歳)はこう語る。

死ぬのが楽しみ―。そう聞いて「まさか」と奇異に感じる方もいるだろう。だが多くの人が70歳を超え、80〜90歳代まで生きるようになったいま、実は、「70歳を過ぎて死ぬのが楽しみになった」「歳を取ると、意外なことに死が恐ろしいものではなくなってきた」という人も増えてきた。普通なら「死ぬのが怖い」「健康でいられないのが怖い」という不安にかられ、思い悩むことに貴重な人生の時間を費やしてしまう私たち。「もう死ぬのが楽しみなくらいだ」と話す彼らのように自由になれたら、70歳を過ぎてからの人生をどれだけ楽しめるだろうか。

冒頭の上野氏の場合、死ぬのが楽しみと考えるきっかけは、ある新聞記者との会話だった。上野氏はこう話す。「現役の頃は、事件や事故で非業の死を遂げた悲惨なご遺体を検視していたから、死んだら人はナッシング(無)だと思っていたんです。仕事として次から次へと解剖しなければいけない時に、一つ一つの死にのめり込んでしまうと、とても次の仕事がこなせなかった。だから、死んだら何もないんだ。死は無情なんだと割り切るしかなかった。

ところが、退職した後である新聞記者から『先生ほど死者の人権を守ってきた人はいない。だから、先生があの世に行ったら、世話になった人達が花束を持って出迎えてくれるでしょうね』と言われたんです。そこで初めて、あの世というものを考えるようになりました。あの世に行って、そういう人たちとの再会を楽しめるなら、それもいいなと思うようになったんです」

上野氏は、過去の検視の現場を振り返ってみると、年齢を重ねてからの死は、若い人の死とは大きく異なっていたと感じるという。「実際に私が立ち会った現場を思い返してみると、年寄りの死んだ現場と、赤ちゃんや幼児が死んだ現場は全く違うんです。ご遺体自体も、残された人々の反応も高齢の人が亡くなった場合、どこかすっきりしているんです。よちよち歩きの子供が交通事故で亡くなった現場などに行くと、親は半狂乱で泣き叫び、嘆き悲しんでいる。一方、お年寄りの場合はご遺族も毛長寿を全うしたからと、割とさわやかなことが多い。

また、ご遺体の表情などもそうです。医学的に見ても、若い人が病気などで死ぬ場合には細胞自身が死に対して抵抗力を持っているいるから、苦しみながら死ぬことが多い。一方で長生きすると細胞が衰えているから、死ぬことに抵抗しない。高齢になるとポックリ逝って、比較的穏やかな表情で亡くなっているご遺体も多くなってくる」年齢を重ねて初めて迎えられる穏やかな死。70歳を過ぎてからの死を過剰に恐れる必要はない。死ぬ時は普通にいけばぽっくり死ねるはず。そう考えれば健康なうちから「死にたくない、死にたくない」と悩み怯えることもない。



『週刊現代』12.20   P185


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