加藤のメモ的日記
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| 2014年04月12日(土) |
知的粗食の健康法 �� |
長寿国日本を支えるのは、明治大正生まれ
今の長寿国・日本を支えている元気なお年寄りは、いったいどんな時代に育っているのでしょうか。いうまでもなく、それは明治・大正という食生活の貧しい時代です。ハンバーグとかビーフステーキとか、バターとかアイスクリームとかいった、いわゆる”栄養のあるおいしいもの”は、ほとんど食べないで育っているはずです。ムギメシと味噌汁、葉っぱの漬け物、お総菜にしても大根の煮しめとか、イモの煮っ転がし、ヒジキの煮付け、せいぜいご馳走といっても小魚の類、そういった程度が大多数の人の常食でした。
栄養と健康、長寿の関係はなかなか複雑で、短絡的な断定はできませんが、今の私たちから見れば、かなりの粗食で育っている明治・大正生まれの人たちが、今の長寿国・日本を支えているという事実は、改めて考えなおす必要があるのではないでしょうか。参考までに100歳以上の老人の数を紹介します。
昭和25年 97名 昭和41年 194名 昭和45年 309名 昭和50年 548名 昭和55年 912名 昭和57年 1200名
と増え続けています。
栄養価の高いエサで育ったネズミは短命である
非常にイヤな推測が成り立つのですが、ネズミの実権はこの不安を裏づける結果です。私たちは今まで栄養と成長、短命との関係を調べるために、ネズミを使ってさまざまな実験を試みました。その結果、明らかにされたデータとして、カロリーの問題の他に一つは量の問題があります。成長期に食べたいだけ食べさせたネズミより、ある程度量を制限して育てたネズミのほうが、毛並みはつやつやとしているし、体は小さいけれどより長生きをするのです。
もう一つはやはり質の問題です。成長期の栄養をいろいろと変えて、寿命との関係を調べた結果、高タンパク、高脂肪の栄養価の高いエサで育ったネズミよりも、デンプンや繊維質の多い粗食で育ったネズミのほうか、ずっと丈夫で長生きするという結果が出たのです。ネズミの実験がそのまま人間に当てはまるとはいえないかもしれません。寿命の判定は文字通り棺を覆って(おおって)みなければわからないわけで、本当の結論が出るのは30年、50年先のことになるでしょう。しかし、私たちの持っているデータのすべてが、ハッキリと示しているように、高タンパク、高脂肪の食事、その結果として現れている青少年の育ちすぎは、果たしてこれでいいのかという疑問を抱かずにはいられません。
アメリカ型食生活の高価な代償
しかし、ここには重大な誤算があったことに気づかなければなりません。肉食を長く続けてきたアメリカ人と、菜食を主にしてきた日本人とでは体質がまるで違うのだということです。腸の長さにしても日本人はアメリカ人の約1.7倍ぐらい長くなっています。アメリカ人の食生活を真似た結果、体格だけはアメリカ人に近づいてきましたが、体力や機能の面を見るとかえって劣化しています。そればかりか、アメリカ型食生活のよくないところだけをもらってしまいました。もちろんアメリカ型といっても、ステーキや乳製品ばかりを指すのではなく、サラダもアメリカ型の代表例にあたります。どんなに脂っこい肉類を食べても、サラダをいっぱい食べたからバランスがとれたと考えてしまいます。
サラダの野菜というのは、レタスやサラダ菜が主で、これらの野菜は瞬時に伸びた葉っぱ類です。ゴボウやニンジンなどの地下茎の野菜と比べたら、その人体への効果は月とすっぽんです。それにサラダホール一杯の量でも、ホウレンソウ一把を茹でたおひたしの量と比べたら比較にならないほどの少量でしかないのです。コレステロール、動脈硬化、心筋梗塞や大腸ガンは、今やアメリカ並みに恐ろしい勢いで増加しています。60代、70代で起ってくるはずの成人病が、40代から始まるようになり、子供さえも成人病のきざしが見られるようになりました。これが、戦後の日本人が盲目的にアメリカ型の食生活にのめり込んでいった恐ろしい代償であり、そしてこの本で最初に提出した問題を解くための最後の重大なカギとなっています。
江戸時代初期の寿命がなんと68歳
いい意味での粗食というものを考える時、私たちの頭にすぐ浮かんでくるのは、昔の日本人の食生活です。昔の日本人の食生活は、日本が敗戦国になった一時期、真っ向から否定されたことがありました。低タンパクであり、低カロリーであって、しかも塩分をとりすぎているという理由からです。確かにその欠点はあったようです。そして、その反動として、当時の日本人がアメリカ型の食事に飛びつき、その弊害が今現れているということはすでに述べました。しかし、その反面、日本型の粗食で育った明治・大正生まれの人たちが、今の長寿国・日本を支えていて、昭和生まれの人がこれから長生きするという保証はどこにもないのだということも申し上げました。
では昔の日本人の食生活はどんなだったでしょうか。日本人の観念にしみついている”人生50年”という言葉があります。江戸時代になると、人口動態に関してかなりの資料がそろっているので、平均寿命の推定ができるのですが、乳児死亡率や。疫病、災害による死亡を別にして天寿を全うした場合で計算すると、専門家は江戸時代初期で67,8歳という数字を出しています。
これはかなりの生命力です。今日のように成人病に対する予防医学や治療法が発達していたら、きっとものすごい長寿であったと思われます。それにもかかわらず、人生50年という考えが支配的だった理由は、武士の現役に対する定年、つまり「そろそろ隠居したらどうか」という肩たたきの年齢が、50歳前後であったということから生まれた考えだそうです。ではこの時代の人が実際に何歳まで生きたか、実例をあげてみましょう。江戸時代初期の徳川家康が75歳まで生きています。しかも、ただ長生きしただけではありません。60代になっても、なお子供をたくさんつくっているし、70歳近くになって静岡の瀬名川で遊泳したという記録も残っています。
この家康をめぐる人のなかにも、ずいぶんと長生きした人がいます。たとえば南光坊天海・108歳、大久保彦左衛門・80歳、柳生但馬の守宗矩・78歳、沢庵禅師・73歳、千姫・70歳、宮本武蔵・64歳まで生きています。しかし、江戸時代初期は67,8歳と推定された平均年齢も、その後、時代が進につれて、おそらく生活が向上し、贅沢になっていった結果だと思われますが、次第に下がりはじめて、江戸時代後期になると65歳前後になり、昭和・大正時代にはついに60歳ぐらいにまで低下するにいたりました。(平均年齢は北里大学、立川教授の調査による)
『知的粗食の健康法』 辻 啓介
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