加藤のメモ的日記
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| 2014年01月20日(月) |
田母神俊男論文 �� |
さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したため、ついに日米戦争に突入し、300万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった。日本は取り返しのつかない過ちを犯したという人がいる。しかし、これも今では日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカもコミブュンテルンに動かされていた。ブェノナファイルというアメリカの公式文書がある。米国国家安全保障局(NSA)のホームページに載っている膨大な文書であるが、月刊正論、平成18年5月号に、青山学院大学の福井教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。ヴェノナファイルとは、コミュンテルンとアメリカにいたエージェントとの交信記録をまとめたものである。アメリカは1940年から1948年までの8年間、これをモニターしていた。当時ソ連は一回限りの暗号を使用していたため、アメリカはこれを解読できなかった。そこでアメリカは、日米戦争の最中である1943年から解読作業を開始した。そしてなんと37年もかかって、レーガン政権ができる直前の1980年にいたって解読作業を終えたというから驚きである。しかし当時は冷戦の真っ最中であったため、アメリカはこれを機密文書とした。その後冷戦が終了し1995年に機密が解除され一般に公開されることとなった。
これによれば、1933年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政権の中には300人のコミュウテルンのスパイがいたという。その中で登り詰めたのは、財務省ナンバー2の財務次官ハリーホワイトであった。ハリーホワイトは日本に対する最後通牒、ハル・ノートを書いた張本人であるといわれている。彼はルーズベルト大統領の親友であるモーゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に追い込んでいく。当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを認識していなかった。彼はハリーホワイトらを通じてコミュウテルンの工作を受け、戦闘機100機からなるフライングタイガースを派遣するなど、日本と闘う蒋介石を陰で強力に支援していた。真珠湾攻撃に先立つ一ヶ月半も前から中国大陸においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである。
ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため、日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第一撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり、真珠湾攻撃を決行することになる。さて日米戦争は避けることができただろうか。日本がアメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ日米戦争を避けることはできたかもしれない。しかし、一時的に戦争を避けることができたとしても、当時の弱肉強食の国際社会を考えればアメリカから第二、第三の要求が出てきたであろうことは容易に想像がつく。結果として現実に生きる私たちは白人国家の植民地である日本で生活していた可能性が大である。文明の利器である自動車や洗濯機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。しかし、人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。闘わないものは支配されることに甘んじなければならないのである。
さて、大東亜戦争のあと、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があのとき大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界ができるのがあと百年、二百年遅れていたかもしれない。そういう意味で私たちは日本の国ために戦った先人、そして国のために尊い命を下げた英霊に感謝しなければならない。そのおかげで今日私たちは平和で豊かな生活を営むことができるのだ。
一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などと言う人がいる。戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう。当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである。やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。しかし人類の歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことがわかる。現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難である。日米安全保障条約に基づき、アメリカは日本の首都圏にも立派な基地を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返ってこない。ロシアとの関係でも北方四島は60年以上も不法に占拠されたままである。竹島も韓国の実効支配が続いている。
東京裁判はあの戦争の全てを日本に押しつけようとしたのである。そしてそのマインドコントロールは戦後63年を経てもなお、日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊はできるだけ動きにくいものにしておこうというものである。自衛隊は領域警備もできない、集団的自衛権も行使できない、武器の使用も極めて制約が多い。また、攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍隊と比べてみれば、自衛隊はがんじがらめで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り、我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も金融も商慣行も雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで、我が国の伝統文化が壊されていく。日本では今、文化大革命が進行中ではないか。日本国民は、20年前と今ではどちらが心安らかに暮らしているのだろうか。日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日米同盟を否定しているわけではない。アジア地域の安定のためには、良好な日米関係が必須である。但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のようなものであるのが望ましい。子供がいつまでも親に頼り切っているようでな関係は改善の必要があると思っている。
自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する侵略を未然に抑止するとともに、外交交渉の後ろ盾になる。諸外国ではごく普通に理解されているこのことが我が国においては国民に理解が行き届かない。今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある。タイで、ビルマでインドで、シンガポールでインドネシアで大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。そして日本軍に直接接していた人たちの多くは、日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合も多いことを知っておかなければならない。日本軍の軍紀が他国に比較していかに厳正であったか、多くの外国人の証言もある。我が国が侵略国家だったなどと言うのはまさに濡れ衣である。
日本というのは古い歴史と優れた伝統文化を持つ素晴らしい国なのだ。私たちは日本人として、我が国の歴史について誇りを持たなければならない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史的事実を丹念に見ていくだけで、この国が実施してきたことが素晴らしいことであるあることがわかる。嘘やねつ造は全く必要ない。個別事象に目を向ければ悪行と言われるものもあるだろう。それは現在の先進国の中でも暴行や殺人が起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである。
『田母神俊男論文』
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