加藤のメモ的日記
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2014年01月15日(水) 田母神俊男論文 ��

日本は侵略国家であったのか

アメリカ合衆国軍隊は、日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とはいわない。二国間で合意された条約に基づいているからである。わが国は戦前、中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外と知られていない。日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが、相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在の中国政府から「日本侵略」を執拗に追求されるが、わが国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に、中国大陸に権益を得て、これを守るために条約などに基づいて軍を配置したのである。これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから、条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も、多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

この日本軍に対し、蒋介石国民党は煩雑にテロ行為を繰り返す。邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人およびその家族などを暴行、惨殺するようなものであり、とても許容できるものではない。これに対し日本政府は辛抱強く、和平を追求するが、そのつど蒋介石に裏切られるのである。実は蒋介石はコミュンテルンに動かされていた。1936年の第2次国共合作により、コミュンテルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが、国民党内に多数入り込んでいた。コミュンテルンの目的は、日本軍と国民党を戦わせ両方を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。わが国は国民党の度重なる挑発についに我慢しきれなくなって、1937年8月15日、日本の近衛文麿内閣は「シナ軍の暴戻(ぼうれい)窈窕し、もって南京政府の反省を促すため、今や断固たる措置をとる」という声明を発表した。わが国は蒋介石により、日中戦争に引き込まれた被害者なのである。

1928年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ(誰も知らなかった毛沢東)」(ロン・チマン講談社)「黄文雄 大東亜戦争肯定論」(ワック出版)および、「日本よ歴史力を磨け」(櫻井よしこ)などによると、最近ではコミュンテルンの仕業という説がきわめて有力になってきている。日中戦争の開始直前の1937年7月7日の廬溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし、今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で、「廬溝橋事件の仕掛け人は、中国共産党で現地指揮官はこの俺だった」という証言をしていたことがわかっている。「大東亜解放戦争」(岩間書店 岩間弘)もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強と言われる国で、侵略国家でなかった国はどこか、と問いたい。よその国がやったから、日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だと言われる筋合いもない。



『田母神俊男論文』


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