加藤のメモ的日記
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2013年06月06日(木) 太陽の暗号��

ヒトと霊長類の決定的な違い

人骨は霊長類の骨に比べると、はるかに軽い。さらに言えば近代人の骨はネアンデルタールに至るあらゆる先行人類の骨と比べても、はるかに軽いのだ。我々の祖先だといわれている先行人類の骨は、霊長類の骨により似ているが、近代人の骨とは全く違う。また、人間の筋肉は、霊長類と比較すると著しく弱い。我々はどんな霊長類よりも5〜10倍弱い。ペットの猿と比べてもその違いは明らかにわかる。なぜ、進化論でいう「より良い」ことを追及した結果が、類人猿よりはるかに劣る結果になるのだろうか。

ヒトの皮膚は、地球を照らす太陽光線に対して適していない。太陽光線に適応するために皮膚表面でメラニン色素を増大させられるのは、黒人だけである。それ以外のすべての人種は、衣服で覆うか、日陰に繁雑に入るしかない。体毛では、霊長類が太陽光線に直接当たっても大丈夫なのは、頭から足先まで毛で覆われているからである。四足獣であることから、後部の足が最も濃く、胸と腹部の気は最も薄い。いっぽうで人間は、全体を毛で覆われていない。しかも霊長類とは完全に逆で、背中は毛が薄く、毛深い部分は胸と腹部である。

私たちは地球外で創造された?

フォトンベルトの真相(11.000年周期で起こる、地球の大クラッシュ)では、人類は非常に高度な遺伝子操作の結果として誕生したという説がある。イラクで発見された古代シュメールの粘土板が解読されたのは、20世紀になってからのことで、それによると人類は神々の種を受け継いでいることが明らかになった。その神々は「アナンヌキ」と呼ばれ、「天から地上に降り立った者たち」という意味がある。古代インカは、彼らのことを「ヴィラコチャ」と呼び、中南米のマヤ族は、「ケツァルコアトル」と呼んでいる。これらは同一種族だと考えられる。

ここで私の言いたいことは、人るの原点と、我々の歴史を明確にする上で、この点を考慮にいれなければ、人類創造の真実には近づけないということである。近年多くの研究形が、古代文明についての書物を出版するようになった。インターネットでも、彼らの所見はたくさん公開されている現状だ。それらのデータベースは皆同じものである。古代シュメールの粘土板がを解読したのは、ジャーナリストであり、言語学者であるゼカリア・シッチンである。彼は、私たちのDNAに関する書物をシリーズで出版した。いかなる生物もDNAの組み合わせによって体がつくられる。種の違いが生じるのは、DNAをつくる四つの塩基のプログラムが違うからである。それによって木や猿、あるいは人間の男性といった違いが生じる。よって、そのプログラムが重要な鍵であることは明らかだ。

誰でも知っているように、コンピューターをプログラムするには、プログラマーを必要とする。世界で一般的に使用されている「ウィンドウズ」が、ある日、突然現れたとはだれも言わないくせに、人類の起源に関して科学者たちは、誰もそのプログラマーの存在について触れないできた。宇宙の歴史において、石器時代から現代までのほんの一瞬にすぎない短い期間に、宇宙船を飛ばすようになった我々は、偶然にして遺伝子的にユニークな種としてこの惑星に誕生したのだろうか。進化のタイムフレームからすると、現代科学を利用しない限り、新種を進化させるには数百万年という気の遠くなるほどの時間を要するものだからだ。

1%のDNAの違いが意味するもの

ホモ・サピエンスは、チンパンジーなどの霊長類の96〜99%は同じDNAを共有する。これは莫大な量であるが、残りの1%で表される遺伝子の種類ははるかに性質が違う。その1%の大部分は、言語と同様に合理的な考えや創造性といった脳機能に集結されているように考えられている。人間がいかに猿に似ていても、実際には完全に異なる種である。猿を馬車に例えるなら、人間は飛行機に例えられるぐらい違う。二種はまったく異なるものである。この謎を解くカギとなるのが、シュメールの粘土板に書かれた、人類創生の神話である。

我々の進化を助けるために、高度な神々が過去に地球にやって来たという神話は、世界の先史民族に残っている。イブはアダムのあばら骨で創られたという聖書の内容は、まさにクローン人間についての比喩でないとしたならば、実際には何を意味するのだろうか。シュメールの粘土板はそのようなクローンについての詳細が語られているように解釈されている。そのクローン人間が創造された目的は、アフリカで金を採取する奴隷種族を神々が必要とした体という物語が粘土板から読み取られた。DNAは分類別にタンパク質をアレンジしてできる、特定の暗号をもつプログラムである。しかもDNAの仕組みは、宇宙に共通の言語だとシッチンは語る。DNAはいわば「宇宙の暗号」ともいえるべきもので、より高度な生命体であればその暗号をいじくって、新しい種を創造することができるかもしれない。

ダーウィニズムの終焉

現在でも科学理論を構築する上で、基本的な指針として支持されている「オッカムの剃刀」(単純な説明こそが真実)に従えば、我々人類は何らかの目的に基づいてデザインされたという可能性は非常に高くなる。だからといって、デザイナーという発想を受け入れるために、神の存在を必ずしも信じる必要はない。ソフトウェアのデザイナーは、原始文明の人々からすると、神のような存在に思えるかもしれないが、もちろん彼らはただの特殊技能者にすぎない。

テンプル騎士団の里としても知られているスコットランドのロズリンで、「ドリー」という名のクローン羊がDNA操作によって初めて実際に誕生した。羊からするとその実験者の人がまさしく創造主であり、「神」に等しい存在であることは間違いないが、宇宙でなぜ、私たちのような知的生命体が誕生したのかを裏付ける「進化論」は、今のところまったく存在していない。

聖書を信じる者は神が創造主であり、なかでもキリスト教原理主義者は、それがおよそ6.000万年前に起きたと説明するだろう。人間は神によって無から創造されたと信じてやまない「創造論者」たちは、我々の存在を理解する基本として、宗教を主張する。そして、「ダーウィン論」を信じる科学者たちは、人類の誕生は、「適者生存」に関わるものであると説明するだろう。

確かに人間のDNAは、4.000以上もの遺伝子的な欠陥があり、不治の遺伝病で何百万もの人々が苦しむような「不利な条件」が備わっている。この点においては、「適者生存」を説くダーウィン説にも多くの真実がある。しかし、遺伝学についてまったく知らなかったダーウィンを、クローンが誕生する時代に受け入れ続けていることもおかしい。

何のために私たちは存在するのか

私たちはなぜこれほど高度な脳を有しているのだろうか。地球で生きていくのに、これほど高度な脳は必要ないはずである。霊長類の脳で充分生きていけるのだから。其の一つの答えとして、ロシアの科学者が、検証した、私たちヒトの脳の90%以上は活性化されていないという研究報告が挙げられる。

わかりやすい例として、宇宙はインターネットのようなものと考えていただきたい。そして脳は、さまざまな情報を受け取るコンピューターのようなものである。活性化されていない脳は、まるで電源もインターネットのつなぎ方も知らないコンピューターであり、私たちは何の情報にもアクセスできないまま、単なるコンピューター本体を見て喜んでいるにすぎない。しかし本来の脳は、宇宙に顕在する情報にアクセスするために存在していると、私は考えている。

ジェームズ・ガードナーへの質問

Q:「利己的なバイオコズム」仮説における、宇宙の「隠された」役割とはなんですか

A(ガードナー):この仮説では、生命を生みだし、より素晴らしい知性を進化させる宇宙の能力は、宇宙の基本法則にコード化されているということです。まるで、それらがまさしく「宇宙」という織物のなかに最も素晴らしい刺繍のように織り込まれているのです。宇宙における「バイオ・フレンドリー」という変わった法則は、地球上の生命体のDNAと全く同じ機能を果たすものです。言い換えれば、こういった法則は、生きている宇宙が成長できるためのものであり、また、今ある宇宙を壊し、さらに新たに宇宙を誕生させようとする宇宙自身の設計図を提供するものなのです。

【解説】 (著者エハン)

彼の理論は、決してたった一回の「ビッグバン」で宇宙が誕生したということではないことを示すものである。宇宙は老いるとエントロピーの増大を避けるために、やむを得ず新しい宇宙を創造すると彼は説いている。「ビッグバン宇宙説」の運命として、最終的には「ビッグクランチ」(ビッグバンの反対・終末)が生じざるをえなくなる。つまり宇宙は段階的な縮小を起こし、宇宙を創造した物理的法則と同じ作用によって、最終的には破壊されるであろうという説を避けては、「ビッグバン宇宙説」は成り立たない。

「ビッグバン」は、最終点(我々の宇宙のオメガ・ポイント)である「ビッグクランチ」へと導くものであるが、ガードナーは完全にそれとは違う理論を提案している。利己的な遺伝子のように宇宙はただ永遠に繰り返したいのであり、そのために新しい宇宙を設計するのに十分な知性を持つ生命体を故意的に最初から創造するのである。

要するに生命が宇宙を創造するものであり、宇宙が生命を創造するのではないということになる。それにしても、これはかなりのパラドックスである。この考え方を一般的に「人間原理」と呼ぶ。宇宙を認識するのは人間がいるからであり、もし人間のような知的生物がいなければ、宇宙の存在も意味をなさないという考え方である。だからあくまでも知的生命体である人間が中心なのだ。私たちの生命が、生命を創造する宇宙をも創造する!まさに、鶏が先か、卵が先かという議論にたどり着いた、究極の謎を投げかけるものである。

Q:バイオコズムは、ダーウィンの進化論をどのようにとらえているのでしょうか?

A:「バイオコズム」の中の「利己的なバイオコズム」仮説では、宇宙には気が遠くなるほどの長いプロセスの中で、次々と進化した生命が満ち溢れてくると考えられます。ですから「進化」という意味では、「バイオコズム」はダーウィン論に逆らうものではないのですが、宇宙における生命と知性の進化論という立場から見たら、地球のなかでの生物進化の物語は非常に小さくマイナーなものです。

【解説】

すなわち、青写真の元となる宇宙の創造におけるスーパーDNAがあるということである。その中でもっと小さなレベルとして、我々の太陽系や地球、そして我々がいるということなのだが、しかし我々は決して無意味なものではない。ガードナーは実際にダーウィンの基本的な理論に対するかなりの支援者である。ダーウィンは、彼自身の時代には確かに天才であったが、それは19世紀だった。今、生きていたとしたら、きっと彼はガードナーとい一緒に研究しているに違いないと私は思う。

電気や重力に関する法則や、恒星を誕生させるための全ての法則が、我々の「バイオコズム」にコードとして入力されると、進化を促す目的で恒星が創造されることは可能性としてありうると考えられる。恒星の次に惑星が現れ、そして惑星に生命が誕生する。そういったプロセスのなかでは、惑星、そして生命を生み出すことのできる恒星(太陽系でいえば地球を生みだした太陽)は非常に進化した「進化のプログラマー」といえる。ちょうど、新しい生命を生み出そうとする母体が変形するように、進化の飛躍が近づくと、星もいっそうアクティブになるのだろう。

「ソーラーロゴス」は、銀河のロゴスによってプログラムされていて、その銀河のロゴスは宇宙のロゴスによってプログラムされる、というのが私の見解である。そして、これらすべての背後には、知性の高い存在がいるということも私は信じている。それを「神」と呼んでもいいし、「創造の神々」と呼んでもよい。また、これをシンプルに「クリエーション」と呼ぶこともできるが、しかし、何らかの秩序に従わないランダムなプロセスとは考えられないことは確かだ。

人間がいなけれ、宇宙は存在しない

ここまでのところで我々は、人間の進化のストーリーがいかに甚(はなは)だしく誤解されてきたかということを検討し、同時に「宇宙の進化」とうコンセプトが、今となってようやく理解されつつある現状について述べてきた。本省のアイデアについは、1993年に出版された『マージング・ポイント』で初めて私が著したものではあるが、しかし残念にも、人間という種が突然「神」と呼ぶものに等しいところまで進化するというようなアイデアをバックアップしてくれる科学的証拠は、その当時はほとんどといってよい程なかった。今となっては、このことに関する非常に誠実な科学もあり、また”サムシング、グレート”(とんでもなく素晴らしい何か)を教えてくれる科学者や哲学者の書物が多く手に入る時代になった。

その中には、先ほど触れた「人間原理」という考え方がある。私たちの太陽系を含め、いかなるものであっても、知性の進化は神経系の存在と宇宙を認識する脳に依存している。我々が存在しなければ、宇宙はその存在をどのように認識することができるだろうか?我々がいなければ、宇宙とその神秘をどのように知ることができるのだろうか?

我々の脳が存在しなければ、宇宙そのものも実際に存在するわけないのである。宇宙の存在を証明する術はない。よって、脳の進化にこそ我々の未来があるのだと私は信じるに至った。そして脳の進化とは、これまでアクセスできなかった多次元にわたる意識にアクセスすることなのだろう。ラジオから聴こえてくるオペラの古典「魔笛」の美しい音色は、ラジオが創りだしたものではない。ラジオはチューニングすることで、モーツアルトが作曲したものを聞くことができる。

それと同じように、脳が意識を創り出すのではなく、脳は多次元に渡る意識をチューニングするための装置だと考える。それを明確に示してくれているのは、近年の臨死体験に関する研究である。脳はもっと広大な意味を持つスーパーコンシャスネス(超意識)ともいえるものとなる機能を進化させているのであろう。そして、スーパーコンシャスネス・コンピューターへと脳が進化していく理由は、ずばり、新しい宇宙をデザインすることにある。新しい太陽が輝くのは、雅のその新しい宇宙なのであろう。


『太陽の暗号』


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