加藤のメモ的日記
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知的生命体と進化のパズル
支配されている科学者たち
いま現在、世界で「科学者」として活躍している人間の数は、史上で存在していた科学者を全部合わせたより、はるかに多いものである、という統計上の事実がある。こういう情報は、普段あまり一般には知らされていない。そんなに多くの科学者がいるのに我々は、特定の科学者の理論しか聞かされていないことになる。特定の科学者とは、この地球上を征服する二つの大きな”企業”に雇われている科学者たちである。その一つは政府であり、もう一つは軍である。いくら素晴らしい科学者であっても、自分の研究が政府や軍の意向に沿わなければ、彼らは孤立してしまうのが現状である。
本当に偉大な科学者で当ても、世の中の仕組みに抑圧されることは、決して珍しいことではない。例えば、チャールズ・ダーウィンの名前や功績についてはよく知っていても、彼の強敵であったラマルクについてはほとんど知られていない。さらに、エジソンについて世界の学校では共通して教えているが、彼以上に才気にあふれていたニコラ・ステラについてはまったく教えないではないか。
その理由は、「ダーウィン論」が資本主義の「適者生存」という原理に従っているからであり、また、エジソンも電器産業をサポートしているからである。すでに半世紀前のステラは、フリーエネルギーを開発していたにもかかわらず、我々はいつの間にかコストのかかる電気を選ばされてしまったのである。
こういう事実を理解せずに、これから紹介する最先端の科学的アイデアを理解するのは困難かもしれない。聞いたこともない無意味なものと受け取られるのが関の山だからである。学校教育は最終的に、利益に結びつかない科学者たちのいうことは重要でないとして、無視しようとする。この傾向は非常に不健全なことであり、時代の進化のパイオニアたちとなる天才を育む芽を摘むことにつながる。次の新しい時代を開くパイオニアである「天才」が、今こそ最も求められているというのにである。
でも私には確信がある。これまではびこってきた定説は焼けつく太陽の下に咲く花のように、しおれていくだろう…。近い将来にきっとそうなるだろう。世の中は数多くの驚異的な新アイデアが、いっそう溢れる時代となるだろう。ここで、「カオス理論」について少し思いを馳せていただければ、私の意見は理解していただけると思う。ダーウィンやエジソンがつくった秩序が壊れ、カオスが生まれる。しかし、カオスという一見不規則で複雑なものから、新たな不変の法則は生まれる。逆に言えばカオスもなく固定されて動かないものはやがて終焉を迎えるということを意味している。
進化論におけるジレンマ
確かに人類は、20万年前に類人猿から進化したと学校で教わった。ところがそれを立証するための証拠が、一つもないのはご存じだろうか。というのも霊長類と我々ヒトのDNAは、99%までは同じであっても、残りの1%の違いが、スペースシャトルと飛行機ほどの大きな違いになるからである。また、プラスティックモデルのスペースシャトルをどんなに精巧に作ったって、しょせんは本物とは機能が完全に異なり、国際宇宙ステーションに到達させることはできない。それと同様に、霊長類が宇宙ステーションを建設するのは無理なのである。
たとえ20万年間に急激な進化があったとしても無理である。霊長類はどこまでいっても霊長類で、科学理論を語ることも設計することもできないし、どれだけ時間が経過しても決してそれはない。それは霊長類だからであり我々人間とは完全に違う種なのである。従って、話を進めていく前に、我々が霊長類から進化したという形跡がまったくないことを明確にしておきたい。地球の生命のプロセスを研究するなかで、「ここにいるはずのない」多くの種についての知識についても触れておかなければならない。
そのひとつに、犬のDNAと猫のDNAを半分ずつ持っている「チーター」が挙げられる。チーターは世界中のどこに生息していようが、まったく同じDNAを共有している。進化論の常識では、生存にとってより良い環境に適応するようにDNAは変わるのに、そんなことはまったくお構いなしだ。このような、まったくアンビリーバブル(信じ難い)かつインポッシブル(不可能)な例は、情報として一般に知られていないか、少なくとも曖昧に扱われてしまう。しかし、事実がどんなに頭をかしげるものであっても、それには秘められているデータがあり、真実は必ずつかめるものであると思う。
人類の誕生時期は、じつは特定されていない
時が経過するにつれて、ミトコンドリアと男のY染色体に関する多くのDNA調査から、現在ではその遺伝子学者たちが正しかったことが認められつつある。抗議をした旧人類学者たちもそれを受け入れるようになったのは、遺伝学者たちが「人類は霊長類から進化した」という「前提」だけは崩していないからである。その後旧人類について研究する学者たちは、500万年ほど前のアフリカ・サバナ地帯で直立に歩く人類の原始祖先が誕生し、10万〜20万年前に「何か」が起きて人類はほとんど消滅し、その少ない生き残りが今のような人類になっていったという説を主張し続けている現状がある。
しかし、この「何か」が完全に不明のままで残っているのは当たり前のことであり、聖書の創世記に見られるような「アダムとイブの創世記」を信じているものは、当然だといわんばかり「大洪水」が原因であるとしている。彼らはその大イベントが6.000万年前に起きたという聖書のタイムラインを決して壊そうとしない。それは別にしても、旧人類学者たちの意見は、次のことを考慮にいれなければ受け入れることは不可能である。
私たち人類が種として始まった原点となるその時期や、その時代の状況についての論争は別においても、人類には多くの不可解な問題が残っている。人為的につくられた植物や家畜などと同じように、人間というのは古典的なダーウィン論が描くパラダイム(価値観)からはるか外れたところに属しているものに思える。ダーウィン自身も、「人間は家畜のように、自然の性質からまったくかけ離れた種であることは驚くべきことである」と述べているくらいである。
実際に霊長類と人類の性質ははるかにかけ離れていて、人間には地球で発達したようには思えない性質がたくさんある。それにもかかわらずあらゆる科学的見解によって、人間が他のすべての霊長類や、とくにチンパンジーやゴリラと非常に密接に関連する霊長類であると、我々は教えられてきた。この教えは私たちの精神に強く巣食っていて、二つの違いを比較すること自体がナンセンスと思われている現状である。そうであっても、あえてこの比較をしっかり頭に入れておけるよう、ここで再確認してみたい。以外にも新たな発見があり、驚くはずだ。
『太陽の暗号』
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