加藤のメモ的日記
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| 2013年01月09日(水) |
三陸海岸の津波の歴史 |
三陸海岸を襲う津波は、例外なく地震と密接な関係を持つ。沖合は世界有数の海底地震多発地帯で、しかも深海であるため、地震によって発生したエネルギーは衰えずそのまま海水に伝達する。そして大陸棚の上を何の抵抗もなく伝って海岸線へと向かう。三陸海岸の鋸の歯状に入りくんだ湾はY字状をなして太平洋に向いている。このような湾の常として、海底は湾口から奥に入るに従って急に浅くなっている。巨大なエネルギーを秘めた海水が、湾口から入り込むと、奥に進むにつれて急速に海水は膨れ上がり、すさまじい大津波となる。つまり三陸海岸は、津波に襲われる条件が地形的に十分備わっているのだ。三陸海岸を襲った津波は、数知れない。その主だったものをひろうと下記のようになる。
��869年7月13日(貞観11年) 大地震によって死者多数を出し、家屋の倒壊も著しかった。と同時に津波が襲来し、死者千余名に及んだ。(「三代実録」による)
��1585年5月14日(天正13年) 津波襲来
��1611年10月28日(慶長16年)前回の津波から26年経過 地震の後大津波襲来。伊達領内で死者1783名。
��1611年11月13日(慶長16年)〃16日後 大地震の後、津波が三度襲来した。伊達領内の溺死者5000名を数える。
��1616年7月28日(元和2年)〃5年経過 強震後、大津波あり
��1651年(慶安4年)〃35年経過 宮城県下に津波襲来
��1676年10月(延宝4年)〃27年経過 三陸海岸一帯に津波。人畜多数死亡し家屋の流失も大。(弘賢筆記泰平年票による)
��1677年4月3日(延宝5年3月12日)〃1年経過 三陸海岸岩手県下に数十回の地震後、津波によって宮古、鍬ヶ崎、大槌裏等で家屋が流出。
��1687年9月17日(貞享4年)〃10年経過 (ジョウキョウ) 塩釜をはじめ宮城県下沿岸に津波襲来
��1689年(元禄2年)〃2年経過 三陸沿岸に津波あり。
��1696年11月1日(元禄9年)〃7年経過 宮城県石巻の河口に津波襲来。船300隻をさらい、溺死者多数を出した。
��1716〜1736年(享保年間)〃20年〜40年経過 津波あり。田畑は海水におかされたが、人畜に被害なし。
��1751年4月26日(宝暦元年)〃15年経過 高田大震災の余波として、岩手県下に津波。
��1781〜1789年(天明年間)〃30〜38年経過 津波襲来
��1835年(天保6年)〃46年経過 仙台地震に伴う津波によって人家数百が流失、死者多数。
��1856年7月23日午後1時ごろ(安政3年)〃21年経過 北海道南東部に強震。北海道から三陸沿岸にわたって大規模な津波あり。
��1868年6月(明治元年)〃12年経過 宮城県本吉郡地方に津波。
��1894年3月22日午後8時20分ごろ(明治27年)〃26年経過 岩手県沿岸に小津波。
��1896年6月15日(明治29年)〃2年経過 岩手県沿岸に大津波襲来。
��2011年3月11日午後2時46分(平成23年)〃115年経過 東日本大震災。東北地方の太平洋沖地震とそれに伴って津波が発生した。マグニチュード9.0死者15.854人
「私は、私のおとうさんもたしかに死んだだろうと思いますと、なみだが出てまいりました。下へおりていって死んだ人を見ましたら、私のお友だちでした。私は、その死んだ人に手をかけて、『みきさん』と声をかけますと、口から、あわが出てきました」
この作文を書いた少女は、40代半ばとなって、幸せに暮らしていた。吉村氏は彼女に会い、話を聞く。ふたりが会うという事実が、とても尊い出来事のように思われた。「あわが出てきました」とあるのは、その地方で死人に親しい人が声をかけると口から泡を出すという言い伝えから来ている一文だそうで、少女の死体をかこんでいた人たちは、「親しいものが声をかけたからだ」と涙を流したという。
これもまた、迷信ではあろう。しかし、こちらの迷信は小さな奇跡として、寒さと悲しみの底にある人々の心に、ほのかな灯をともしたのである。
10年ばかりまえ、私は田老を訪れたことがある。異様なほどに巨大な防波堤が視界をさえぎるように海にそそり立っていた。景観美をいちじるしく損ねる姿に閉口したけれども、それはただ過ぎ去るだけの旅人の独りよがりというものだ。20メートルをはるかに超える高さで押し寄せてくる大津波を、この防波堤がすべてくい止めることができるはずがない。海に生きる人々は、津波の来襲を拒めない。いや、拒まないのである。「津波は、時世が変わってもなくならない。必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人達は色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにいないと思う」という古老の言葉が輝いて見えるのは、明治の大津波から十勝沖地震までを経験し、生き抜いてきたからだ。
『三陸海岸大津波』 吉村 昭
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