加藤のメモ的日記
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| 2012年09月26日(水) |
ポピュリズムの行方�� |
その代表的な事件が平成5年(1993)112月、通産省(当時)・内籐正久産業政策局長に辞職である。内藤局長は次期次官間違いなしといわれて「ミスター通産省」。それがある日突然、熊谷弘大臣によって「辞職」を求められ、事実上、更迭されたのだから、省内は大騒ぎになった。しかもこの事件には、複雑な背景があった。そもそも熊谷大臣はもと通産官僚、しかも内藤局長の2年後輩にあたる。政界入りしてからは一貫して新生党の小沢一郎代表幹事の側近として使え、細川内閣成立とともに首尾よく大臣の座を射止めたのである。
当時通産省内には、夫人をも巻き込んだ派閥抗争があった。棚橋祐次次官、内藤局長などの主流派に対して「四人組」といわれる反主流があり、小沢―熊谷ラインは四人組に近いといわれていた。いきおい、主流派は自民党寄りということになる。だから、この事件は、もっぱら省内の自民・反自民の派閥抗争としても注目された。確かに、時の次官の反対を押し切り、官房長にも知らせず本人に「辞職」を求めたのだから、従来の霞が関の論理からすればあり得ない話である。が、人事権はもともと大臣にある。いかに官僚社会の慣例に反するとしても、大臣が局長を更迭しようとしたこと自体は違法でも何でもない。役人同士のいわば談合で人事を決めていた、これまでの常識の方がおかしいのである。やり方がいかにも唐突で、稚拙だったというにすぎない。
ただ、この事件をきっかけに、官僚の人事権は大臣にあることが、内外に認識されるようになったのは事実だった。この一事だけでも、細川内閣の意義(あえて「功績」とはいわない)は、巷間いわれているより大きいのではないか、と思う。後に自民党の小泉内閣で、田中真紀子外務大臣が人事を葬ろうとして大騒ぎになったことがあるが、これも同じケースといえるだろう。
官僚神話の終焉
まったくの偶然だが、実はこの事件が起きる直前、『文芸春秋』は、堺や太一氏の監修で「徹底検証・官僚の神話」という大特集を組んでいる(平成6年2月号)。例えば、我が国は官僚が優秀だから政治が乱れても大丈夫、とか、日本の官僚は世界有数の清潔さでしかもモラルも高い、といった神話を一つ一つ検証したものである。2月号といえば前年末の校了である。内藤局長が突如辞職を勧告されたのは12月16日、それを受け入れたのが22日だから、この事件に触発されて発想した企画ではない。
そこで出てきたのは、おおむね官僚神話に否定的な結論だった。例えば外交交渉において外務省の情報力は弱いし、優秀をいわれているものも単なる受験秀才の代名詞だったりする。愛国心の欠如は予算配分を巡る省庁間の争いを見れば明らかだし、清潔さにいたっては天下りシステムを見れば一目瞭然、といった具合。冷戦終結で日本型成長システムのかなりの部分が無用となり、それを支えた官僚機構のマイナス面が見事に露呈したのだった。
細川内閣の支持率は、史上まれにみる高さだった。カネまみれの政治を正す「政治改革」、行政の無駄を徹底的に排除する「行政改革」への期待が、支持率をかってなく押し上げた。それに抵抗する政治家、官僚を「守旧派」として一蹴した手つきは、バブル崩壊で鬱々としていた国民の閉塞感を一気に吹き飛ばした感があった。「政治とカネ」、「官僚支配の打破」は、今も昔も永田町の最大の人気商品なのである。
したがって、行政改革つまり官僚支配からの脱却は、民主党の事業仕分け、マニュフェストにいたるまで、歴代内閣に綿々と引き継がれる目玉商品となっている。大阪市長選での橋本前知事の圧勝も原因はそれだろう。ほとんどの内閣が単なるお題目に終わったのに対して、橋本内閣の省庁再編と小泉内閣の道路公団解体、郵政民営化だけは賛否両論あるとしても一定の業績といえるのではないか。
とくに小泉内閣は、道路公団と郵政で細川内閣以上の高い支持を得た。反対派を「抵抗勢力」と指弾するその手法を「ポピュリズム」と批判する向きもあったが、国民が何を求めているかを感知し先取りすることをポピュリズムというなら、それはけっして排すべきものではないだろう。その後の自民党内閣、今の民主党内閣に足りないのは、むしろポピュリズムといわれるほどの時代感覚と実行力なのだ。ちなみに反対派を「抵抗勢力」と切って捨てる手法は、小沢氏が「守旧派」と罵ったのに倣ったのではないか。
後年、ホリエモンや村上ファンドを小泉内閣の鬼っ子として、小泉内閣が格差社会を生んだ元凶であるかのごとき主張が声高に叫ばれたが、ではどうすればよかったのか。郵政民営化、道路公団解体なかりせば、財投資金でシカやクマしかいない僻地にも高速道路がつくられ続け、誰も行かない厚生施設という役人の天下り先が全国に作られ続けたことは疑いないだろう。少なくとも、そう考える国民が多かったからこそ、これだけの支持を得たのである。
また、小泉内閣の郵政選挙、平成21年に民主党が大勝した総選挙のように、結果がどちらかに大幅に偏るのが現在の小選挙区制の特徴であろう。細川内閣がその後の政治の原点になっている部分は、意外に多いのである。
『週刊ポスト』2012 1/27
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