子の年齢;2歳1ヶ月
また、歯が生えてきたらしく、ヨダレがすごい(一番奥の歯)。 服のえりがベタベタになって寒いので、前掛けをさせるが、新生児みたいな前掛けも不釣合いなので、バンダナタイプのまえかけを購入。
パパがお風呂で遊べるマグネットのトーマスを4つ買ってきた。水鉄砲にもなるし連結もできる。 別々に湯船に浮かべると、磁力で自然に近づいていって、やがてくっつく。それが楽しい。 あんまり楽しいのでちーちゃんはお風呂から出てこない。
夫の二番目の義兄さんが、甥の成人祝いの返しと一緒におもちゃを持ってきてくれた。 夫がそれを組み立てていると、ちーちゃんがおもちゃ箱から「ぺったんワールド」の新幹線を出して、義兄さんの前に並べる。 「おじちゃんの!」 どうやらちーちゃんはわたしの弟と義兄さんを混同しているようだ。「ぺったんワールド」の新幹線は弟に貰ったものなのだ。 随分前のことなのに、ちゃんと覚えていたんだね。 こんな感じで、食事の後片付けをしていると、「じーちゃんの(茶碗))!」「ママの(お箸)」と次から次へと言い当てる。 パパがうっかりじーちゃんのマグでコーヒーを飲んでいると、「じーちゃんの!」と怒りつけられる始末だ。
赤ちゃんが言語を獲得していく様子を見ていると、言葉というのは内言と外言の結びつきに過ぎない、という気がしてくる。 現段階でちーちゃんの中にあるのは、人間普遍の概念や認識であって、それに名前をつける作業(彼の場合は日本語で)が言語の獲得なのだ、という気がしてくる。 勿論ある程度の言語を獲得していけば、言語によって概念を獲得する、ということも発生してくる。その時初めて、母語による束縛を受けるんだろうと思う。
子供を育てるというのは言語学的見地からも、実に実に興味深い。 でも違った偏向のある親だったら、また違った観点から、おもしろ〜い、と思ったりするのかな? わたしは毎日子供の言語発達が面白くて、そればかり気にかけている。
|