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2003年09月08日(月) ■ |
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「虹の谷の5月」 |
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この日記は日記というよりは、私の読書ノート、映画ノート、旅ノートの統合版のようなものです。amazon.comへのレビュー、ニフティの掲示板に書いたもの、各MLに投稿したものを載せます。過去の投稿はあまりにも膨大なので、原則的には載せません。私のリアルタイムの精神の遍歴(とそんな大袈裟でもないか^_^;)と思ってください。
「虹の谷の五月」(上)集英社文庫 船戸与一 フィリピン・セブ島ガルソボンガ地区に祖父といっしょに住んでいる日本人との混血児13歳のトシオの98年から2000年までの物語。現代フィリピン辺境では、人々は拝金主義にまみれている。新人民軍というゲリラでさえ、革命税といいながら、貧乏な家からも強制的に金を徴収する。たった244人の地区なのに地区長選挙に買収が横行する。街の警察所長も金で動く。その中で元抗日人民軍だった祖父の薫陶よろしく、トシオは純粋な少年に育っていた。
虹の谷はまんまるい虹が出る谷だという。しかしそれは乾季の5月に出ない。この物語はしかし全て5月に起こったことしか扱っていない。よって上巻を読む限りではその虹は現れない。しかし私にはその虹がこのフィリピンの一地区の失われた「誇り」の様に思える。まるで知らない地域ではあるのだが、日本とは生活習慣も政治も違うのだが、だからこそ、少年の不正を許さない気持ち、エイズになった知りあいの女性へ村の男たちがしたことへの憤りがびしびしと伝わってくる。少年は誇り持った青年になるのか、ガルソボンガ地区は生まれ変わることが出来るのか、まんまるい虹を見ることは出来るのか、下巻に期待したい。
『虹の谷の五月』(下)船戸与一 集英社文庫 拝金主義にまみれているのは、何もフィリピン・セブ島だけではない。この間私が実際に旅してきたアジアの都市はみんなそうだ。いや、形こそ違え、日本がそうでないと誰が言えるだろう。この小説では拝金主義がむき出しの形で現れ、私たちの住む国ではそれが洗練された形で現れるだけなのかもしれない。『誇りを持て』たった15歳のジャンピーノ(トシオ・マナハン)は私たちにそう言っている。 これは過去の物語ではない。現代『世界』の物語だ。凄絶な殺し合いが続く下巻ではあったが、読後感は「希望」に満ち、なぜかさわやかだ。
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