日々あんだら
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帰省中のhideです。
今日は朝から豊島美術館に行って来た。 前に一度行ったことがあってとてもよかったんやけど、 その時係の人に「雨は雨でまたいいんですよ」と言われて、 今度雨の日があったら絶対行こうと決めてたのだ。
で、天気予報通り雨だったこの日、行ってみたんだが… 船が豊島に着いた時には降ってた雨が、開館前には上がってしまった。。。 …濡れ損か!!
と、少しガッカリしながら開館と同時に突撃して、メインの場所に足を踏み入れた。
やっぱりここは素晴らしい。 展示物は1つしかない(美術館自体が展示物)のに入場料1500円って初めて聞いた時は何の冗談かと思ったんやけど、 今なら倍の値段でも来るわ。 水の流れも、射し込む光も、風の音や鳥の鳴き声も、観賞している人たちさえ、 作品を構成する一要素なのだと気付く。 晴れでもなく、雨でもなく、曇なんて一番おもろないやんか…と思ってたんだけど、 曇りの柔らかい光も、それはそれで良い。
一方で、自然や人を作品の一要素としながらも、それは作製者の計算通りではない。 水は毎回流れる道筋を微妙に変えるし、光の射し方も日によってちがう。 風や鳥や人にしても同様である。 それが、完成していて、光や温度や湿度を完璧に管理された部屋に展示されている芸術作品との決定的な違いである。 その瞬間、その瞬間にしか感じられない芸術。 今まで国内の色んな美術館に行って来たけど、ここが断トツで一番好き。
結局、朝一番と夕方(閉館まで)と、2回に分けて計1時間半以上滞在してしまった。(笑) 初めて来たとき、足を踏み入れた瞬間に「神殿みたい」と思った印象があるんだけど、今回も思った。 ここは神殿である。 祀っているのは、唯一絶対の神でもなく、お金を積んだら天国へのパスポートを用意してくれる神でもない。 この世界を形作る要素-自然への敬意と畏怖がこの場所からは感じられるのである。 人間っておかしなもので(僕だけかもしれないが)、山の中のような全くの自然の中にいるよりも、 こういう人工物の中にいる時の方が自然の働きをより感じられるような気がする。
と、絶賛してきたが、一つ残念なこともある。 係の人の目である。 内部の写真撮影禁止のためか、他の迷惑行為があったのか、常に係の人が数人、立って観賞者を見ているのである。 特に夕方に行った時、他の観賞者がいなくて僕の貸切状態だったんだけど、係の人が一人ずっと僕を見ていた。 自然を感じよう、としている時に見ず知らずの人の視線ほど邪魔なものはない。 途中でどうにも我慢できなくなって、せめてもとお願いして僕の司会の外に下がってもらったんだけど、それでも…なぁ。。 あれなら、他の観賞者も数人いてくれた方が落ち着いて見られたと思う。
ルールやマナーを守らない人もいるんだろうけど、もうちょっといいやり方を考えてもらえないものか。 より深く感じようとしている時に、係の人がその邪魔をするのは本末転倒だと思うんだ… (お前の集中力が足りないんだ!と云われればそれまでですが。^^;)
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