7月29日の夜、オレは夜更かししてパリ五輪の男子体操競技の団体戦を見ていた。前半終了時点で中国に大きくリードされてとてもその差を取り返せないような状況だったのでオレは諦めて寝た。朝起きてニュースをチェックしたら「男子体操金メダル」とあったのでわが目を疑った。大逆転というよりは、中国が鉄棒で失敗してそれで逆転したということだったのである。「果報は寝て待て」というが、まさに寝ている間に朗報が舞い込んだのである。
このようなことはよくある。例えば野球中継を視ていて、阪神タイガースが大差でリードされているので観戦を中断して風呂に入って、出てきたらいつのまにか大逆転しているなんてことがある。ファンにとって一番おいしい場面を見逃すのである。残念なことこの上ないし、ファンでありながら「観戦をあきらめる」などという不埒な行為をするから天罰を受けるのである。「残り物には福がある」というのも同じような現象かも知れない。必死になってるよりも、少し欲望を抑えた方がいいということになるのだろうか。
オレが昔の全盛期の日本の体操競技の選手で覚えているのは鉄棒の塚原光男さんの月面宙返りである。調べてみると、塚原さんは1976年のミュンヘン五輪で団体総合と鉄棒で金メダル、1972年のモントリオール五輪では鉄棒で金メダルだった。ミュンヘン五輪の体操競技では日本は個人総合、鉄棒、平行棒の3種目で金、銀、銅のメダル独占という快挙を成し遂げている。ミュンヘン五輪の塚原光男さんは鉄棒のスペシャリストだが、個人総合ではメダルはとっていない。他にもすばらしい選手がいて、とにかく層が厚かったということである。
今、テレビで体操競技を見ていて、採点がどんな仕組みになってるのかよくわからない。いいと思ったのに意外と点数が低かったり、その逆だったりする。そのあたりのルールがあまりにも複雑になりすぎてるのかも知れない。
今、体操競技に幼い頃から打ち込む少年少女はどれくらいいるのだろうか。今のスケボー人気を思えば、小柄で運動神経にすぐれた子どもは5歳くらいの時に体操ではなくてスケボーという選択をしそうな気がするのだ。スケボーでは14、5歳で金メダルを取れるわけで体操よりも早く結果が出るからだ。
オリンピックで活躍する選手を見て子どもは憧れる。そうして自分もそんな選手になりたいと思うわけで、今の日本選手の活躍は必ず10年後につながるのである。テレビで観戦してる子どもたちの中にきっと将来のメダリストがいるだろう。
オレは走るのも遅かったし、自転車競技も中途半端なレベルで終わったのですぐれたアスリートへはリスペクトの気持ちしかない。世の中にはこんな超人がいるのかとただただ驚くだけである。そこまでの肉体を作り上げたことをただ称賛するのである。
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