2023年12月18日(月) |
開業医ジュニアの悲劇 |
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オレはよくアレルギー性結膜炎になる。黄砂とか花粉とか、いろんなものが原因なのだがそのたびに眼科医で目薬をもらい、それを挿すとたちまち治る。そのときに一緒に視力とか眼圧とか、あるいは網膜の状態とか、いろんなものを検査するのである。そういうわけで年に2,3回は必ず眼科のお世話になっている。
その眼科に久々に行くと、なんと待合室に患者が一人もいなかった。ガラガラだったのである。どうしてこういうことになるのだろうか。実はその眼科に歩いて向かう途中でその眼科の大先生と遭遇した。大先生は愛玩犬を自転車の前かごに載せておられた。オレは「あれっ? 今日はお仕事は・・・」と思ったのだが謎はすぐに解けた。今日は大先生ではなくてジュニアの診察日だったのである。
昔なじみの患者達は大先生にずっと診てもらってるので、ジュニアの診察日には来ないのである。そういうわけで空いていたのだ。別に両者の診療技術に大きな差があるわけではなく、今は高度に発達した診療用の機材をどう使いこなせるかということだけだから別に大先生でもジュニアでもなんの違いもないのだが、なぜか患者は日を選ぶのである。おそらく大先生の診察日には待合室は大混雑なのだろう。
オレは待たされるのが嫌いである。だから空いている開業医ほどありがたいものはない。やたら老人の患者が多くて、元気に待合室を占領してるようなところにはあまり行きたくないのである。待ち時間が長いとそこに通うのが一日仕事になってしまうのである。オレはそんなに暇じゃないのだ。
だからこそ「開業医はジュニアの日を狙え!」という法則を訴えたいのである。大学で最先端の進化した医療技術を学んできているはずのジュニアの方が、かなり昔に大学医学部を卒業された大先生よりも普通に考えてベターな選択ではないのかということである。
しかし日本では昔から「経験にまさるものなし」という価値観があるのか、ベテランの方がもてはやされるのである。これはおかしなことだ。経験年数があってもボンクラ医師はいるし、逆に経験は浅くても天才もいるからだ。医療だけではなくあらゆる分野がそうであると言える。そんなことはオレをみればよくわかるだろう。
日本全国の開業医でこの「ジュニアの悲劇」ということが起きてそうなことは、少なくともオレの通った開業医ですべてにおいて起きていることからも明らかである。そのうち、大先生の患者たちの命が尽きて代替わりする・・・というサイクルなんだろう。そういえばオレが幼稚園の頃に通っていたお医者さんは同じ名前でそのまま開業しているが、ジュニアどころかもう三代目になってるのかも知れない。
医師の世界のジュニアはありだと思うが、政治の世界のジュニアというのはたいてい親に輪をかけたボンクラである。河野太郎とか小泉進次郎とかを見ると、なんでこんなボンクラが議員やってるのかと頭に来るのである。一般企業でとうてい通用しないレベルの人間が政治家をしているのは世襲政治家の多い日本ではよくある現象だ。自民党や維新みたいに世襲政治家の多い政党というのはそれだけダメ議員の数も多い。
難関の医学部に入れるようなジュニアを育てたと言うだけでも親はたいしたものである。そういう大先生の血を受け継いだジュニアをオレはひそかに応援したいのである。
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