2017年12月27日(水) |
震災で商売をするな |
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オレは人の不幸につけ込んで金儲けをする輩が大嫌いだ。だから神戸に世界一のクリスマスツリーを設置するという与太話が、震災の「鎮魂」という名目で建てるという話になった時にかなりの不快感を覚えたのである。
これまでオレは阪神大震災を揺れを体験した一人としてさまざまな記事を書いてきた。震災復興のための区画整理と称する地上げのために、長田駅前ではもともとそこに存在したコミュニティが破壊されて無機質のコンクリートの町並みが出現した。取り戻さなければならないのはそこにかつて存在したもとの生活だったのに、それをビジネスチャンスとか考えない連中が大挙してやってきた。
大切な人を目の前で失ったつらさ。崩れた家の下敷きになった家族を助けることができなかった悲しみ。そこに存在する無数の悲劇を東京のマスコミは「視聴率を稼げるコンテンツ」としてしかとらえていなかった。あの時の報道がどれほど無神経なものだったか、思い出すだけでも気分が悪くなる。
オレが勤務する学園も数日間休校になった。多くの生徒がその被災地域から通ってきていた。教員の中には自宅が倒壊した方もいた。生徒や教員の中には震災で犠牲になった人はいなかったが、親族や友人を失った人はたくさんいた。
今回、神戸に運ばれたクリスマスツリーはもともとはハウステンボスに売り込もうとしたものだったらしい。要するに話題性を狙ったただの金儲けの材料だったのである。ところがハウステンボス側が断ってきて、その巨木を切り出そうとした企画そのモノが宙に浮いてしまったので、今度は阪神大震災にかこつけて「鎮魂」などという名目で神戸に設置することになったのである。
そもそもあの日に思いを寄せて失われた命と向き合う「鎮魂」の精神が、世界一とかいうド派手なツリーを立てて、しかも終わった後でその木を切り刻んで売ってしまうという「いのち」を冒涜するような行為とどう結びつくのか。オレは「ふざけるな!」という怒りしか感じなかったのである。
東日本大震災の復興にかこつけて、ゼネコンが巨大な防潮堤工事を受注し大きな売り上げを手にした。海と町を完全に分断する万里の長城のような巨大な壁を作ることを誰が望んだのだろうか。ゼネコンの連中も政治家も、「震災復興」ということを金儲けの材料としか考えてなかったのである。ゼネコンは工事費として受け取ったゼニの中から政治献金という形で政治家にキャッシュバックを行った。オレの収入からも「震災復興特別税」というものが源泉徴収されているのだが、そこで集まったゼニが「復興予算」となり、最終的には政治家のフトコロに入るのかと思うと腹が立って仕方がないのである。
一瞬に多くの命が失われた二つの震災で現場で実際に多くの命を救ったのは、隣の小学校の児童を連れて粛々と避難を完了させた釜石中学校の防災教育であり、救援チームを組んで近隣地域を回って瓦礫の下から人々を救った神戸商船大の寮生の活躍だった。本当に大切なのはゼニやモノではなくて、そこで適切な判断を下せる人と正しい防災教育なのだ。教員たちの不適切な判断のために校庭の児童たちが津波にのみ込まれた小学校もあったのである。人命を救えるのは巨大な防潮堤ではなくて迅速な避難指示の行動である。だったら今必要なのは巨大な防潮堤ではなくて防災教育の充実ではないのか。
教育に予算をつぎ込んでも政治家には何のうま味もないし、政治献金にもつながらない。しかし本気の防災教育というのは手間と時間のかかる大変な作業である。政治家たちは目に見える簡単な方法を選択し、そしてゼネコンからの政治献金という実も手にしたのである。
派手な行事はいらない。オレは商業化した「神戸ルミナリエ」にも多少の違和感を覚えるのだ。失われた命に思いを寄せ、そして静かに自分と向き合う、そんな形での「鎮魂」でいいじゃないか。それがオレの感じることである。
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