2016年10月09日(日) |
アンジェイ・ワイダ監督を悼む |
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オレが1988年にワルシャワを訪問したとき、街で知り合った学生たちは口々に「 We hate Russian. We never forget katyn. 」と語った。当時のオレはカチン郊外で捕虜のポーランド軍将兵数千人が虐殺されたその「カチンの森事件」について全く知らなかったし、アンジェイ・ワイダ監督のお父さんがその虐殺の犠牲者の一人であることもその時は知らなかった。
アンジェイ・ワイダ監督の映画「灰とダイヤモンド」では、孤独な暗殺者マチェクが無数に干されたシーツの間を逃げ、最後に撃たれてしまうその場面をオレは忘れられなかった。それに「地下水道」「世代」を加えた彼の初期三部作は、少し古い映画までそろえてるレンタル店や公共図書館でも借りることができる。映画「コルチャック先生」はナチスによるユダヤ人虐殺の悲劇を描いた作品の中ではもっとも優れたものであるとオレは思っている。施設の子どもたちと運命を共にするため、一緒にユダヤ人を収容所に運ぶ列車に乗るコルチャック先生の姿にオレは涙が止まらなかった。
映画を撮るというのはどういうことだろうか。社会主義政権の下でさまざまな制約がある中だからこそ彼は商業主義に毒されないメッセージ性のある作品を作ることができたのか、あるいはもしも全く何の制約もなかったら彼はどんな作品を残しただろうか。
スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」を観たときにオレが心のどこかで感じた違和感は、それがあの大虐殺を免れて生き残れた人々の視点で描かれていたからかも知れない。あの時逃れられない運命の中で人々、特に子どもたちはその日々をどんなふうに受け止めていたのだろうか。「コルチャック先生」を観たことでオレはその魂にほんの少し近づけたような気がしていた。
すぐれた映画は観た人の心に大きな影響を与える。もちろんそれは小説でも音楽でも同様だ。ただ、映画を作るには大きな資金と多数の人々の協力を必要とする。映画監督を目指すことは今の日本でもっとも至難なことの一つである。才能や努力だけではそこにたどり着けない。誰もが簡単に動画を投稿することができ、それによってお金を稼ぐことができるようになった今であっても、やはり「映画館で楽しむ映画」というのは娯楽の中で別格の存在であるとオレは思っている。
アンジェイ・ワイダ監督は日本好きだったそうだ。彼だけでなく、ポーランドには親日的な人が多い。それはオレが28年前に旅した時に実感したことである。巨匠の死にオレはただ自分が観た彼の作品を精一杯思い浮かべて供養とするだけである。
合掌。
追伸:松田優作が映画「野獣死すべし」の最後に見せた演技を、「灰とダイヤモンド」のマチェクと重ねる人がいて、オレも同様の感想を持った。
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