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日本列島は梅雨に入ってるそうなのだが、どうも今年の梅雨は梅雨らしくないのである。というのは、梅雨の雨とどうも感じが違うのだ。梅雨の雨ってものは、「しとしと」と降るものじゃなかったか。どうして降るときはいつも「ザザーッ」と降るのか。猛烈に降る雨を見て、「こんなの梅雨じゃない」と思うのである。
昔の日本には春夏秋冬という四季があった。しかし、いつのまにか春や秋が消滅して冬と夏だけになった。それにもう一個別の季節を追加するならば「梅雨」である。しかしその梅雨が全く梅雨らしくないのである。今降ってる雨はただの夏の雨である。
我々が子どもの頃から慣れ親しんできたいわゆる「季節感」というものがすっかりと変わってしまって、その上冷暖房が完備した部屋で過ごしてるせいでそうした季節を肌で感じることもなくなって、都会では虫の声を聞くこともなく、ただクマゼミだけは都心にもやたら多いのである。
日本語には季節を説明するさまざまな美しい言葉があった。「あった」と過去形でかいてしまうのは、言葉だけが文学作品の中に残っていても実際にそうした季節感を伝える風物がもはや残っていないことも多いのである。
「麦秋」という言葉が指し示すのはどの季節なのか知ってる人がどれだけいるだろうか。「小春日和」がいつのことなのか子どもは知ってるのだろうか。いや、大人にも知らない人が多いだろう。季節を表現する美しい言葉は、実際の四季の変化とともに生まれ、そして季節感の消滅とともに滅びてしまうのである。存在しないものを呼ぶ言葉がなくなってしまうわけだ。
夏が本当に夏らしかった頃も、春や秋が本当に快適だったことも、すべては過去の記憶の中の世界である。今の夏はただとにかく暑いだけで、日なたにほんの少しいるだけで熱中症で死にそうになるし、木陰に入ってもちっとも涼しくなかったりする。冬は冬で極端に寒く降雪量は昔に比べてかなり増えてるとしか思えない。
それにまして困ったことは自分が高齢になって体温調節機能が低下してることである。冷房の効いた部屋では妙に寒くていつも上着を着ているし、かといって暑いのが得意というわけではなくて戸外に出ると暑さでたちまち気を失いそうになる。冷暖房の効いたところにしか棲息できなくなったのだ。18度〜24度というきわめて狭い温度範囲の中でしか快適に暮らせないのである。
梅雨が明けると本格的に夏がやってくる。その夏を冷房の効いた場所で快適に過ごしたいのだが、家に閉じこもってると電気代がやたらかさんでしまうのである。たぶん自分は図書館やイオンモールやダイエーや、マクドナルドやフレンドリーやガストのような「ゼニのかからない長時間いられる場所」でのんびりとパソコンを開いたり読書したりして過ごすことになるのだろう。
そんなことを思いつつ、オレは激しい雨の中で車を走らせるのであった。どうして雨の日はこんなに道路が込むのだろうかと思いながら。
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