2011年10月19日(水) |
ウォール街でデモをやってる人たちへ |
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世界中で「格差社会」に対して若者や失業者たちがデモを起こしている。NYで起きた「ウォール街デモ」を発端にして、このデモは世界中で広がりを見せているわけだがオレはちょっと複雑な気分でそれを眺めているのだ。たとえば失業者たちは「仕事をよこせ!」という。その仕事というのはいったいどういう仕事なのか。きれいなオフィスでパソコンの前に座って、チョイチョイとマウスやキーボードを使ってデータを入れたり何かを書いたりして、昼は贅沢なランチを食べて定時に退社して、ちゃんと夏には長期休暇がもらえて・・・ってそんな仕事を希望してるのかい。技術を身につけるような努力もせず、自分をスキルアップするためにゼニも使わず、それで高給を取りたいのかい。
それよりもオレが羨ましいのは、あんたたちがちゃんとした仕事もないはずなのに携帯電話を持ってるし、家にはちゃんとパソコンもあるし、そうやってデモをするだけの時間もある。それがある意味不思議なのである。どうしてそんなに優雅にデモやってるんだ。生活に困っているのならそんなことしてるヒマないだろう。毎日必死でバイトしてゼニを稼がないといけないはずだろう。その必要がないということはあんたたちは実際はそんなに困っていないんだ。だってそうじゃないか。
格差社会に対してそうしてデモを起こせる君たちは幸せだ。世の中にはそういう文句を持って行く場のない人たちの方が圧倒的に多いのだ。何よりも君たちはアメリカ人という世界一の特権階級じゃないか。ドルという紙切れを刷るだけで世界中のモノが買える。そうして手に入った商品を浪費することで君たちアメリカ人は世界一の消費大国の座に君臨してるんじゃないか。
望まない戦争に行かされてPTSDになったという。しかし、本当の悲劇は戦争に行かされた人たちではなくて、攻めてこられたベトナムやイラクやアフガニスタンの人たちの側だったんじゃないのか。君たちの国のボスがくだらない言いがかりをつけて攻撃したイラクはめちゃめちゃにされてしまったじゃないか。アフガニスタンでは大勢の人が誤爆で亡くなったじゃないか。殺された人たちにはデモをする時間も抗議する手段もなく。一方的に君たちの国の持つ軍隊によって殺された大勢の無辜の人たちがいる。そうやってデモをしている君たちと、何も語れないままに「誤爆」で殺されたり、タリバンの疑いをかけられて拷問の末に虐殺されてしまった人たちの悲劇を君たちはどう考えてるのだろうか。あんたたちはミャンマーの農村に生まれた少年の人生とか、無政府状態のソマリアで生まれた少女の運命とかを想像したことがあるか。
アメリカに生まれた君たちは決して餓死などすることがない。失業者であっても手厚い保護があって、食糧の配給がある。体重100キロ以上の肥満になるくらいに食べられる。だから何も困ることはない。奨学金を受けて、その返済ができなくなったとしても大丈夫だ。破産すれば払わなくてもよくなるからである。
デモを起こして賃金の増額を要求して、そして最終的には一体何がお望みなんだ。プール付きの豪邸や自家用ジェット機なのか。徒手空拳でそれが叶ったアメリカンドリームが実現しなくなったから文句を言ってるのか。
日本でも格差社会反対のデモが起きているという。しかし、そうして抗議する若者は本当に世の中を変えたいと思ってるのか。ちゃんと選挙の時には棄権せずに投票してるか。実は20代の投票率は最低で、投票率そのものは年齢と共に上昇するわけだ。何も用事がなくてヒマな老人はちゃん投票に行く。わざわざ老人ホームから投票所まで送迎してくれるに政党もあるという。投票もしない若者にどうやって世の中の仕組みが変えられるのか。本当に世の中をよくしたい、変えたいと思うならばそれこそ外山恒一のように自分で立候補すればいいじゃないか。そうして若者に支持を訴え、投票にも行かなかった人たちを味方につければいいじゃないか。ところがそんなふうにはならないのだ。だって、若者はもはや連帯しない。ただ、毎日を怠惰に過ごすだけなのである。一度生活保護受給資格を手に入れたらその既得権にしがみついて一生遊んで暮らせると思うのである。そしてヒマなのでパチンコ屋に通うのである。
日本の社会に大変革をもたらすためには既存政党に頼っていてもダメだ。自民党が民主党に変わったからと何かが変わったか。官僚の天下りは相変わらずだし、その天下りの連中は高給をもらいつつもロクなことをしていないじゃないか。規制緩和どころか縄張り意識と官官癒着の構造はそのままでいつまでたっても税金の浪費体質はそのままだ。そんな今の政治に不満があるならば、それこそみんなが日本共産党に投票すればいいじゃないか。そうなれば劇的に世の中は変わるかも知れないとオレは思うのだ。ところがみんなそこまでの覚悟がないから、「自民→民主」程度の変化しかできないのである。この両党は基本的に政治をメシのタネにしてきた族議員連中の集まりだから本質的な部分は何も変わらなかったのだ。
別に働かなくても生きていける。働く気がなくても無理に働かされることもない。餓死して行き倒れになる前に誰かが救ってくれる。だってここは日本だからだ。そんな飽食の国で我々は暮らしているのである。格差社会打倒を叫ぶその目的が「社会構造の変革」という大きな目的じゃなくて「とりあえず自分の給料、ちょっと増やしてチョ」という私利私欲にまみれたものであることは明らかだ。
学園紛争が吹き荒れたあの頃、東大の安田講堂に立てこもった学生たちはこんな落書きを残したという。
「連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する」
今の若者は果たして「連帯」などできるのだろうか。
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