2010年01月14日(木) |
ハメこまれた人たち18(日本航空2) |
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過去のハメこまれた人たちシリーズ
2006年6月30日に日本航空は2000億円規模の公募増資を行った。新規に発行される株数は7億株を越える予定で、すでに発行されていた株数の4割近かった。それだけ株主価値が希薄化するわけで、既存株主の猛反発が予想されるこの大規模増資を株主総会の2日後に不意打ちに実施した日本航空のことを、オレはなんというひどい会社だろうかとあきれたのである。そんなひどい会社の株は絶対に買ってはならないとオレは思ったのだ。その時、まだ日本航空の株価は270円くらいだった。赤字のためにすでに無配に転落していたが、株主優待で航空券が半額になるチケットがもらえるということで株価は下支えされていたのである。
しかし、それから3年半も持たずに日本航空は破綻することになるのである。せっかく増資によって得られた資金も焼け石に水だったのである。再建のために必要だったのはそんなはした金ではなく、徹底的にリストラを行って赤字体質をなくし、もうかる会社にすることだった。しかし経営改革は進まず、赤字はそのまま垂れ流されたのだった。大型機中心の機体運用を燃料費の高騰が直撃した。その上度重なるトラブル続きで乗客離れが進み、2005年度には国内旅客数で全日空に抜かれ、その後もじり貧だった。2009年に入って200円を割った株価はそれからもじりじりと下がり続け、、2009年10月18日の終値は98円とついに100円を割り込んだ。しかしまだこのあたりで損切りできた株主たちは幸運だったのである。増資による値下がりの痛みに耐えた株主たちは、「いつかは値上がりする」というありえない夢を追い続け、その3年半後には持ち株が値上がりするどころか紙くずになるという最悪の事態を迎えることとなったのだ。
西松社長は必死でそんな日航を建て直そうとした。YOUTUBEでも彼の奮闘が話題になったほどである。社員食堂でランチを食べ、電車やバスで通勤するという彼の日常は、公的資金を要請するために自家用ジェット機でやってきた自動車大手ビッグスリーの首脳と対照的だった。しかし、社長一人が倹約したところで、会社の体質が改まるわけもなかったのである。
世界的な景気悪化でビジネス需要が激減する中、せっかく上向きかけた業績は再び悪化し、大幅な赤字は避けられない状況となった。2009年の第一四半期には990億円という過去最大の赤字を記録し、再建のために産業活力再生特別措置法にもとづく公的資金注入も検討され始めた。そこで問題になったのは。将来に渡って日本航空が支払い続けないといけない巨額のOBへの企業年金だったのである。大幅な赤字と、運用の失敗で年金の原資もかなり毀損している。もしも予定通りの年金を支給しようとしたら莫大な額が不足するのである。そうなると話し合って減額するしかない。しかし、OBの多くは退職時に一時金をもらう代わりに長期にわたって年金を受け取ることにしていたのだ。ここで年金が減額されれば退職時の約束を会社が履行しないということになる。ただ、公的資金で救済するとすれば、そのお金がOBの年金に回るというのは国民が納得しないだろう。もしもOBの同意が得られなかったらどうなるのか。
再建されるという期待で12月に入ってから100円台を回復していた株価は大納会に近づくに連れて再び「破綻懸念」で下げた。ラスト3日間の株価終値は96円、88円、67円で、30日には瞬間的に60円の最安値を記録した。日本航空の破綻を予想する多くの個人投資家が空売りをした。そして日証金の貸株残高が6000万株を超えるという大量の空売りがされた状態で年を越したのである。大納会に向けて大きく下げた理由は、藤井財務相が「日本航空」向けの融資に政府補償を付けない方針を明らかにしたからである。
オレは11月1日に映画館で「沈まぬ太陽」を観た。映画の中では「国民航空」という航空会社が登場するが、これが日本航空をモデルにしていたことは誰の目にも明かである。そして見終わった観客の誰もが「だから日航はダメなんだ」と思ったに違いない。オレもその一人だった。しかしオレは日本航空株を空売りする勇気はなかった。過去に何度か破綻寸前の会社を空売りして、土壇場でTOBなどで逆転された苦い思い出があったので、どうしても空売りには慎重になっていたのである。もしも政府が救済するということになればたちまち株価は回復すると思っていたし、それは最後まで逃げ遅れた日本航空の個人株主たちも同じ気持ちだっただろう。
日本航空の大株主たちの撤退も進んでいた。三井物産は保有していた約1100万の日本航空株を9月までに売却していた。機関投資家は株価が100円を切れば機械的に損切りすると言われている。沈む船からどんどん大株主が逃げだし、市場で売却された株は再建を期待する個人投資家が拾っていたのだ。もはや日本航空の法的整理は疑いないという状況で2009年は暮れたのである。また、空売り残が膨らんだために日証金は1月4日からの日本航空株の貸し出し禁止(空売り禁止)という規制を発表した。個人投資家は新規の空売りができなくなったのだ。
さて、年末に空売りを入れた個人投資家たちはそれこそ「倒産を寝て待つ」つもりでいたはずである。60円台で空売りしてしまった人たちも大勢居たのだ。会社更生法を申請して上場廃止となれば株価は1円くらいまで下がる。しかし、最後のどんでん返しがまだ用意されていた。オレが今日の日記を「ハメこまれた人たちシリーズ」に入れたのはこの最後のどんでん返しがあったからである。なんと、大発会を翌日に控えた1月3日、政府は日本政策銀行による日本航空向けの融資枠を1000億円→2000億円と倍に拡大したのである。これは企業再生支援機構が支援決定するまでの「つなぎ融資」の性格を有していた。市場はこのニュースに反応したのである。
1月4日大発会の寄りつき、大量の買い注文が発生したために日本航空の株価はいきなり特別買い気配となった。大納会の終値67円に対して、92円(+25)で寄りついたのである。その後93円まで上昇したがそこからはじりじりと値を下げて結局88円で引けた。この日、6000万株の空売り残のうち、3000万株が返済されている。中には60円台で空売りを入れて泣く泣く90円台で返済買いさせられた方も居たはずである。大損である。なぜこんな悲劇が起きたのか。なぜ空売りした人たちがビビって返済してしまうような異常な値動きが起きたのか。これこそがオレのもっとも忌み嫌う「個人投資家のはめ込み」だったのである。
個人投資家を巻き込んで日本航空株で最後の一稼ぎをしたいという大手証券会社や大株主たちの利害は一致した。12月中はとにかく悪い材料を出しまくってどんどん個人投資家に空売りさせてとことん下げさせておき、正月休みの間にだまし上げの材料を出すことを決めておいて大納会ではこっそりと仕込んでおき、強烈な買い気配におびえた空売り個人が泣く泣く損切りして返済買いするところに機関投資家や日本航空株を処分したがっている大株主の売りがぶつけられたのである。それは寄りついてからたった1円しか上がらずに沈んでいった4日の値動きからも想像できる。1月4日は個人売り方の撤退戦に機関投資家の処分売りがぶつけられるという攻防だったわけである。
「会社更生法を申請しても上場は維持される」「優待はそのまま残る」などのガセネタ報道に守られて翌5日には2円上昇して90円台を回復した。しかし、上昇もそこまでだった。6日からはじりじりと株価は下げ続け、1月8日の終値は奇しくも大納会と同じ67円だった。株価は振り出しに戻ったのである。しかし、そのあたりで逃げ切れた日本航空株ホルダーはまだ幸せだったのだ。その後の地獄を見ずに済んだのだから。
1月8日夕、前原国土交通相は法的整理による再建案を容認する意向を表明した。この法的整理は官民出資の企業再生ファンドである「企業再生支援機構」が主張してきたものである。前原大臣は政府としてこの法的整理を認める方針を固め、日本航空は1月19日にも東京地裁に会社更生法の適用を申請する運びとなったのである。鳩山首相は記者団に「運行に極力支障のないように努力する」と語り、ここに日本航空問題は最後の決着がついたのだ。
3連休が明けた1月12日、日本航空株には大量の売り物が殺到してマイナス30円のストップ安、37円で引けた。そして翌1月13日も連続ストップ安して株価は7円となった。逃げ遅れた株主たちもみんなあきらめて投げた。7日の日本航空株の出来高は8億株を越えた。7円で買って、1円でも値上がりしたら即売りたいという大量のギャンブラーたちもやってきた。しかし8円で売ることができた幸運なギャンブラーはほんの一握りで、残されたのは明日以降さらに価値が下がることがわかっているうんこ、いや日航株をつかまされた哀れな方たちだけだったのである。
株式投資は自己責任である。年末に日本航空株を空売りした人は多少だまし上げがあってもビビらずに破綻を信じて信念を持って構えていればよかったのだ。しかし、その多くはビビって逃げ出した。1月4日に再建を信じて買った人は、そもそも7000億円の債務超過のある会社が2000億ぽっちではどうにもならないと冷静に判断して買うのを思いとどまるべきだったのだ。しかしうっかり買ってしまった。そうして売り方も買い方も日本航空株で大損して撤退していくハメとなったのである。オレがこの相場日記シリーズのタイトルを「ハメこまれた人たち」と名付けているのは、日本のイカサマ株式市場がそうしてハメこまれて財産を失った個人投資家の死屍累々の上に築かれた砂上の楼閣だと看破しているからである。
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