2009年11月12日(木) |
恐怖!ナナメ横断の小学生 |
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クルマを運転していて一番怖いのは歩行者である。もちろんパトカーや警察官も苦手だが、道路交通法を守って走行している限り彼らが自分にとっての脅威になることはない。しかし歩行者は違う。歩行者こそドライバーにとって最大の凶器なのである。彼ら歩行者はいつだって一人のドライバーの人生を終了させることができる。歩行者が突然道路を走るクルマの前に飛び出せば、善良なドライバーはいつでも殺人者になってしまう。
もちろん、世の中には飲酒運転や無免許運転、暴走運転をする危険なドライバーがいることも事実である。彼らが人をはねる場合、非があるのはそういう悪質なドライバーだろう。しかし、交通事故というのはどんなに注意しても100%防ぐことはできないのだ。そして歩行者vs自動車という事故の場合、歩行者にどんなに大きな落ち度があったとしてもドライバーが「自動車運転過失致死傷」ということになってしまう。だからオレは、目の前の歩道を子どもが歩いてると必要以上に速度を落として危険に備えるのである。もしも飛び出してきたらどうしようかと。子どもの行動は全く予測不能だ。
しかし、今朝のオレは少し油断していた。その交差点にはいつもボランティアのおばちゃんがいて、小学生の子どもたちがきちっと交通ルールを守るように監視していてくれる。だからその交差点でそんな危険なことが起きるとは思ってもみなかったのだ。
オレはいつものようにその交差点を左折する前に一時停止して、横断歩道を渡る子どもがいないことを確認して左右を見てからアクセルを軽く踏んだ。まさかそのときに、こっちに向かって前から走ってくる小学生がいるなんて思いもよらなかったのだ。
オレの目の前に子どもがいた。オレはあわてて急ブレーキを踏んでクルマは停まった。その小学生もびっくりしたように立ち止まったが、オレが停まったのを見て悠然とオレの前を横切ってナナメに渡っていった。そのクソガキは、おそらく横断歩道の青信号を渡るつもりで、直角三角形の他の2辺の和よりも斜辺の方が小さいという真理に思い至って、最短コースをとったつもりだったのだろう。ふざけるなよ!なんて危険な渡り方なんだ。
もしもオレが交差点を速度を緩めずに強引に加速して回っていたらどうなっていただろうか。もしかしたら避けきれずにその小学生と衝突していたかも知れない。もちろん大勢の小中学生が交差点を渡っている朝の通学時にそんな乱暴な運転はするわけがないので仮定の話だが、危険な運転をするドライバーは皆無ではない。事故とはそういう時に起きるのである。速度を出してるドライバーに責任があることは間違いない。しかし、横断歩道ではない場所をナナメ横断してくる横着な歩行者には責任はないだろうか。その場合、裁判ではどのような過失割合になるのだろうか。オレはそれが気になるのだ。こういう事案の場合、歩行者がどんな経路で横断したかは問題にされず、歩行者側の信号が青だったということだけでドライバーが悪かったということにされてしまうのではないだろうか。
もう一つ、オレが改めて感じたことがある。それはボランティアの辻立ちのおばちゃんの持つ抑止効果である。もしもそこにいつものようにおばちゃんが立っていたら、子どもたちは決してそんな横着な渡り方はしなかったような気がするのだ。青信号が点滅したら子どもは走って渡ろうとするがおばちゃんが制止している。そのおかげで多くの事故が未然に防がれてるのかも知れないのだ。もしも辻立ちのおばちゃんがこの交差点に居なかったとしたらどんなに危険な箇所になるだろうか。クルマは青信号ならスピードを上げて突っ切ろうとするものである。しかし通学時の小・中学生の頭の中には「遅刻したらいけない」ということしかない。だから踏切を強引に突っ切って死亡する事故なんかも起きるのである。もっと子どもは早起きしたらいいのだが、夜遅くまでゲームしていたりしてなかなかそうもいかないのである。
自分が毎朝安全にあの交差点を通過できていたのは、辻立ちのおばちゃんのおかげだったのだと改めてオレは思ったのだった。今度必ずお礼を言わなければとオレはパソコンの前で手を合わせたのだった。
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