2009年09月15日(火) |
タダで宣伝してもらって文句を言う連中 |
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オレは職業柄いろんな大学や高校の入試問題に目を通す。いろんな作家が国語の入試問題に採用されている。もちろんほとんど採用されない作家もある。その最大の理由はその作家の文章がきわめて悪文だったり。慣用句の意味が間違っていたり、助詞や接続詞や敬語の使い方が正しくなかったりということで文章が稚拙だからである。ここでその作家の実名を上げるときっと「名誉毀損」「事実無根」とか訴えられそうなので(事実無根なんかじゃないのだが、訴訟に掛かるゼニがもったいない)名前は伏せるが、まともな日本語が書けない情けない作家は実在する。
逆に言えば国語の問題に採用してもらえるということは作家にとって名誉なことであり、それが東大や京大の入試問題ならなおさら作家にとって名誉なことであるとオレは思うのである。
オレは自分が京都大学の入学試験を受けた時に試験に出題された谷崎潤一郎の文章をあとでちゃんと全文手に入れて読み直した。どうしてもその続きが気になったからである。入学試験に限らず、問題集や参考書に採用されている文章でも、一部だけ抜粋されているのはどうしても残りが気になる。それでわざわざ手に入れて読むことが多かった。問題集や参考書というのはある意味文章のダイジェスト版やベストアルバムみたいなものであり、そこに掲載してもらえるということは自分の文章がカタログに載ってるのと同じことである。それを見て指名買いしてくれる客が必ず現れるのである。
ところがここに、そんな真理もわからずに自分の文章を載せるなと息巻いている方々がいる。
「中高入試問題集に無断で作品」 平田オリザさんら提訴 2009年9月14日23時24分
中学・高校の入試の過去問題集に作品を無断で掲載されて著作権を侵害されたとして、日本ビジュアル著作権協会の会員40人が、問題集を出した声の教育社(本社・東京都)を相手取り、約8千万円の損害賠償を求める訴訟を14日、東京地裁に起した。
提訴するのは、劇作家の平田オリザさんや児童文学者の松谷みよ子さんら。今年1月にも脚本家の倉本聡さんら31人が同様に同社を訴えており、二つの訴訟を合わせた賠償請求額は約1億8千万円となる。同協会によると、教材出版社を相手取った著作権侵害訴訟としては過去最大規模という。
訴状などによると、同社が04〜07年に発行した問題集計543点に小説など148作品が無断で掲載された。著作権法では入試問題は著作権者の許諾なしに作品を掲載できるが、原告らは、問題集として出版する場合には許諾が必要だと主張している。
同社によると、今年発行した問題集では、許諾が得られなかった作品は「著者の都合により掲載しておりません」と断った上で掲載を見送っている。提訴については「責任者が不在のためコメントできない」としている。(赤田康和)
この訴訟を起こした方々は、今の出版業界というのがどれだけもうかっていないかということをご存じなんだろうか。どうしてこんな法外な金額をぼったくろうという発想が出てくるのか。参考書や問題集を出してる出版社は零細企業が多い。いくら自分たちの本が売れずに生活が苦しいからといって、そんなところからゼニを巻き上げなくてもいいじゃないか。逆に問題集や参考書で宣伝してもらうことで自分たちの書いた本が売れるとは思わなかったのか。まず文章の一部でも読んでもらわないと知ってもらえない。もちろん買ってくれるかくれないかはわからない。ただ、知らない状態よりは知ってくれている方がいいに決まってるじゃないか。
センター試験の現代文の過去問の掲載された冊子を見ると、一部の作家が掲載を拒否したのか白紙ページが挿入されている。それを見てオレは「アホか!」と思うだけである。そんな無粋なことをすることで何十万人もの若者に自分の文章を読んでもらうチャンスを永久に失うのである。作家にとって大切なのは自分の書いた本を一人でも多くの人が読んでくれることであり、読まれた結果ゼニが儲かるかどうかは二の次である。なぜその機会を放棄するのだろうか。オレには全く理解できないのだ。
いっそすべての作家が「入試問題に使ってよい」「入試問題に使ってはならない」と本の帯に一言明記するような仕組みにすればどうだろう。そうすればケチで傲慢な一部の作家の本を国語教材の世界から完全に駆逐できるからである。もちろんオレはそういう作家を生徒にも勧めたくはない。それが何十年も続いたら、きっと「使うな!」と掲載を拒否したケツの穴の小さい連中の本は姿を消してしまっているだろう。読まれると言うことはそういうことなのだ。
安房直子さんという児童文学作家がいた。若くしてお亡くなりになったがその作品のすばらしさは宮沢賢治級である。オレは小学校の教科書に掲載されていた「きつねの窓」という作品ではじめてその存在を知って、図書館に通ってむさぼり読んだ。オレがたまたま小学校の教科書を手に取らなかったら知ることもなかっただろう。入試問題も同様だ。本を読まずにゲームばかりしている子どもたちが、唯一真剣に読むのが入試問題の文章である。そこで自分の作品の面白さをアピールすることができれば、もしかしたら彼らは乏しいお小遣いの中から本を買ってくれるかも知れないじゃないか。勘違いしてはいけない。ゼニを払ってくれるかどうかという問題の前に、読んでもらわないと何もはじまらないのである。作家の中には図書館に置かれてタダで読まれることさえ嫌う人がいる。公共の図書館が並べてくれるということは作品を認めたということである。そんなこともわからない傲慢なクソ作家がこの世には多すぎるのだ。
タダで宣伝してもらって、結果的に本が売れているのにその恩も忘れて「著作権の侵害だからゼニ払え!」とほざいてるこの連中の名前をオレはしっかりと記憶しておこう。あんたたちの本をゼニを払って買う気はないと。平田オリザさんよ、あんたがまだ高校生で自転車で世界一周したことがあっただろう。サイクリングの好きだったオレは自分と年齢が近いこともあってとても親近感をもったんだぜ。オレはそのころからのあんたのファンなんだぜ。こんなくだらない連中の仲間になってることが悲しいよ。
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