2009年06月01日(月) |
がんばれ竹原市長! |
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オレは以前から阿久根市の竹原市長を応援している。この日記でも取り上げたことがあるが、竹原市長はブログに阿久根市の実態を公開し、市職員の給与も公開するなどの手法で市議会や市職員の反発を招き、議会での不信任決議を受けて失職して出直し市長選挙を戦ったのである。市民の示した結果はこうであった。アサヒコムの記事を引用しよう。
「ブログ市長」の竹原氏再選 鹿児島・阿久根市長選 2009年5月31日21時43分
議会から不信任決議を受けて市長が失職したことに伴う鹿児島県阿久根市の出直し市長選は31日に投開票され、前職の竹原信一氏(50)=無所属=が新顔で元国土交通省職員の田中勇一氏(56)=同=を破り、再選を果たした。竹原氏はブログで市議会や市職員批判を繰り返し、話題となっていた。市議会は反竹原派が多数を占めており、今後も市政の混乱は続きそうだ。投票率は82.59%で、4人が争った昨年8月の前回を7.09ポイント上回った。
選挙戦では竹原氏の政治手法が最大の争点となった。
市長当時、市のホームページで07年度の消防を除く市職員268人分の給与額を1円単位で公開したこともある竹原氏は、選挙戦で市職員の給与を「厚遇だ」と批判。一貫して市役所改革を訴え、「いま改革を進めなければ阿久根は何も変わらない。これからは市民主権の革命を目指す」と訴えていた。
一方、反竹原派の11人の市議らが擁立した田中氏は「改革という名で行政を破壊している」と市政の正常化や地域活性化策を訴えたが、知名度不足が響き、及ばなかった。
オレはこういう破天荒な人がどんどん出てくることが日本の政治を変える力になると思っている。日本では従来から「調整型」、いわゆる「旧来のシステムをできるだけ変えずに関係者の利害調整をはかる」政治家が基本モデルとされてきたのである。だから官僚どもの既得権益も守られてきたし、政治家も利権でウハウハだったのだ。こんなむちゃくちゃな政治家の出現は想定外なのである。ブログを読んだらかなり電波が入ってるという感じもするが、市民が選挙で再び竹原市長を選んだという点をオレは嬉しく思うのである。
高負担高福祉の北欧では、納税するということは国に貯金してるのと同じ、そのゼニは将来自分に返ってくるものである。ところが日本では全く違う。我々が払った税金は意味もない道路やダムの建設、天下りの官僚の高額報酬などに浪費されるのである。そんな馬鹿馬鹿しい税金は払いたくないとオレは常々思ってるのだが、給料から天引きされ、しかも株式投資やネットショップの利益からも納税させられてるのである。払わないと「脱税」ということで告発を受けるのでやむなくオレは道楽息子に小遣いをくれてやるような気分で空しい納税をしてるのである。
市議会の議員が多すぎるとか、市の職員の給与が高額すぎるという問題はおそらく日本中に存在するはずだ。しかし、それが改善されることはない。日本で唯一、阿久根市だけがその動きを見せ、その中心になってるのが竹原市長を支える市民なのだとオレは思っている。自分たちが公僕であり、国民のしもべであるということを忘れて、まるで領主様であるかのように勘違いして年貢、いや税金をぼったくり、それを自分たちの贅沢のために浪費している国会議員や公務員どもに、市民が怒りの鉄槌を浴びせることでしかこの国は変われないとオレは思うのである、市民による革命である。そのためには官僚べったり、公務員べったりの政治家を排除し、市民の側に経って改革を行える首長や議員を選ばないといけない。
意味もない馬鹿事業のために税金を浪費する政治家や官僚どもの行為は国民に対する裏切りであり、国家に対する背任である。そうした連中を告発し、場合によっては見せしめの死刑にして震え上がらせることがオレは必要だと思うのだ。何百億円もかけて巨大な釣り堀にしかなっていない港湾整備をさせた二階俊博のような田舎議員どもの存在が、どれだけ税金を浪費させていることか。
竹原市長が今回用いた「市民主権の革命」ということばは過激かも知れない。しかし、官僚や議員に食い物にされて借金のカタマリにされたこの国の惨状を思えば、「革命」以外には変える方法は無いのかも知れないとオレは思うのである。引き続き竹原市長の戦いを見守っていきたい。
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