2008年01月17日(木) |
あれから13年〜阪神大震災が奪ったもの |
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昨年もこの日に震災追悼の記事を書きました。よろしければごらんになってください。ブログランキングの投票もよろしくお願いします。先日パチンコ廃止論を書きましたが、パチンコ問題に関してはぜひこちらの若宮健さんのHPをごらんになってください。
1995年1月17日、阪神大震災の日からちょうど13年の今日がやってきた。あの震災で両親を失った子供たちも今や一家を支えるような存在となった。神戸の街はしっかりと復興したかのように見える。しかし、そこに住む人の多くはかつての住民ではない。再開発によってすっかり変わってしまった街に新たにやってきた、震災の記憶を持たない人たちがどんどん増えていくのだ。あの震災はいったい何だったのか。どうして多くの尊い人命が失われないといけなかったのか。オレはずっとその意味を考えているのである。 震災の犠牲者の多くは、自分が住んでいた家に押しつぶされて死んだ。タンスに押しつぶされて死んだ。ぺしゃんこになった3階建ての家のがれきの中から発見された。日本が地震国であることは誰でも知っていることなのに、大きな地震が来ればひとたまりもないような家が今も多く放置されている。そして、地震が来れば簡単に倒壊するようなマンションを平気で建設するような業者がいる。住民を殺さないような家をオレは切に望むのである。せっかくゼニを出して買った家に殺されるなんてあまりにも情けないじゃないか。
震災でもっとも大きな犠牲者を出した長田区のJR新長田駅南地区では建物の8割が焼損や全半壊した。神戸市はここを再開発するために土地を買収してビル43棟を建設、住宅や商店を整備することを計画した。今のところ23棟が完成して5棟が建設中である。完成した棟の分譲住宅は公募の900戸すべてが完売した。しかし、商業用の23棟、4万7000平方メートルのうち、売却できたのはわずか0.4%だけである。大部分は一時的に賃貸している状況なのだ。総事業費1632億円のうち、788億円は市債で賄ったのだがそのうち回収できたのは売却収入などで得た475億円だけで、仮に商業用地がすべて売却できるというありえない奇跡が起きたとしてもやはり92億円の赤字になるという。つまりこの再開発事業は完全な大失敗なのである。大失敗の理由ははっきりしている。もともとの地権者たちは自分たちの背負っていた不良資産を震災をこれ幸いと市に高値で押しつけて逃亡してしまったのだ。住民や事業者の借家率が4割もあり、古い住宅も多くてかなり家賃の水準も安く、それがこの長田を庶民の街にしていた。当然市が買収する価格もそれに見合ったものでなければならなかった。どういうからくりで市は法外な価格でその地上げに荷担してしまったのだろうか。
長田南地区の再開発事業はこれほどはっきりと破綻しているのに、神戸市は残る15棟も建設の方針だという。なぜ市は事業の失敗を認めて速やかに軌道修正しないのだろうか。その借金は将来誰が払うことになるのか。神戸空港を無理矢理に造った時にも感じたが、神戸市はもしかしたら破産するという目的のために突っ走っているのではないだろうか。オレには神戸市のやってることがやぶれかぶれの玉砕行政にしか思えないのである。
直下型地震が起きれば、耐震構造のはずの原子炉さえも壊れる。それを思えば住宅に完全な耐震性を持たせることなど不可能なのかも知れない。だったらどうしたら命を守れるのか。ベッドを頑丈な耐震カプセル構造の枠の中に入れて、周囲が崩れてもその中にいれば助かるようにすればどうか。ついでに保存食を収納する棚も中に作っておいて、もしも地震で家ごと埋められてしまっても、救助がくるまで生存できるようにすればどうだろうか。案外売れるのじゃないだろうか?家を丸ごと耐震構造にするにはかなりのゼニが掛かるが、耐震構造ベッドだけなら高くてもせいぜい50万くらいで作れるだろう。
阪神大震災はいったい何を奪ったのだろう。あの地震で一瞬にして家族を失い、ひとりぼっちになった大勢の人たちがいた。復興住宅で暮らしながら孤独死を迎えた多くの老人がいた。2007年度にそうして孤独死を迎えたお年寄りは約60名にのぼる。誰にも看取られずに死後数日経ってから発見されるのである。自分を最後に看取ってくれるはずの家族を震災で失い、それから12年の日々を孤独の中で生き、最後は誰にも看取られずにこの世を去ったのである。あの震災が多くの人々の幸福を奪ったことは間違いない。そこでオレは考えるのだ。人間にとってもっとも大切なモノはそれは家族の絆であり、震災の悲劇というのはそれが一瞬にして奪われたことで起きたのだと。
震災復興に名を借りた地上げを行い、大規模開発で土建屋と土地転がしの連中を豊かにした一方で市の借金を増やした神戸市の幹部や市長の罪は誰が追求するのか。放置すれば退職金をたんまりもらって彼らは去っていく。まさに盗人に追いゼニである。しかし、彼らの犯罪を告発するには多くの障壁がある。立証することが困難な部分が多すぎるのである。結果として借金は増え、結果として無機質な街が完成した。そこにはもはや旧住民の息づかいは聞こえない。映画「ALWAYS 三丁目の夕日 」で描かれたような庶民の日常生活が震災前の神戸にも確かに存在した。その破壊を物理的に発生させたのは震災だが、とどめを刺して完膚無きまでに破壊し尽くしたのは神戸市であるとオレは確信する。その破壊はきわめて合法的にかつ巧妙に行われたために、誰もその罪を問われないし、誰も告発を受けることもない。犯罪の痕跡すら残っていない。だが失われたモノは確実にあるのだ。それはもう二度と元には戻らないのである。
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