2004年08月29日(日) |
『虎の穴』は実在したのである |
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かつての人気アニメ、タイガーマスクを覚えているだろうか? タイガーマスクこと伊達直人は「虎の穴」という悪役レスラー専門の養成機関出身である。「虎の穴」は人里離れた山奥にあって、そこは死と背中合わせの厳しいトレーニングを課してプロレスラーを養成する場所だった。
「虎の穴」出身のレスラーは常に悪役(ヒール)として戦うことが求められ、稼いだゼニは上納金として差し出さなければならなかった。ところが伊達直人の育った孤児院「ちびっこハウス」は子ども達にろくに喰わせるものもないほどの窮状だった。それを見るに見かね、ついに彼は「虎の穴」を裏切り、また正統派のレスラーとなって自分のファイトマネーを寄付するようになる。そこで裏切り者のタイガーマスクには次々と刺客が差し向けられる・・・というのがこのお話の主要なストーリーだ。
ところがマンガの中のお話のはずのこの「虎の穴」がなんと実在したのである。アテネ五輪で出場した全階級でメダルを獲得した女子レスリングの強さの秘密は、なんと「虎の穴」での激しいトレーニングだったのである。場所は、新潟県十日町市の山中で、その名も「桜花レスリング道場」という。1991年、日本レスリング協会の福田会長が私財を投じて廃校となった分校を購入し、合宿所に改装したのだ。携帯電話の電波は届かないし、一番近いコンビニまでは9キロもある。まさに「一度来ると逃げられない」虎の穴のような合宿所で、選手たちは練習するしかなかったのである。
自然の地形を生かした高低差の激しいコースを走って足腰を鍛え、汗をかいたら井戸水を沸かして風呂に入り、教室を改造した寝室に雑魚寝した。今年の元日には合宿先の茨城・大洗で気合いを入れるために寒中水泳を決行した。福田会長は「金メダルを取るよう腹をくくれ」と選手にカツをいれたという。浜口親娘だけが目立っている感があるが、他の選手も同じように激しいトレーニングに耐えてきたことが今回の見事な結果につながったのである。
日本女子レスリング協会では、「虎の穴」に参加しない選手は、どんなに成績が良くても代表に選ばないという方針を貫いた。女子レスリングの五輪採用が正式に決まったのは2001年のことである。「虎の穴」ができていたのは、実に、その10年も前のことだ。この先見性には驚くしかない。最近はどちらかといえば科学的な裏付けのあるトレーニングがもてはやされ、精神主義は過去の遺物のように忌み嫌われることが多かった。「オリンピックを楽しむ」なんて発言した選手もいたくらいだ。銅メダルに終わった浜口京子の悔しさは、誰よりも苦しい練習に耐えたはずだという自信ゆえにもたらされたものなのである。
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