paranoia kiss
    

あの人の声も顔もうすらぼんやりとしか
思い出せなくなった。
思い出しても泪が出ることもなくなったし、
思い出すことさえ、少なくなってしまった。

これが忘れる。ということに近いんだろう。

それでも、同じ香りに街ですれちがったり、
一緒に聞いた音楽が街に流れてたり、
同じ季節が巡って、同じ匂いにぶつかると
どうしても頭を掠める。

そのくせ、思い出したくないような
くだらない細々としたことは今でも覚えている。

あの人の妹が電話に出て、
今は幸せなんだから未練たらしい。なんて
ばっさりと言われたことを思い出して、
胸が痛くなっている。


そして、左手の指輪をはずせないまま
彼女とばったり会って、
彼女の薬指にも指輪があるのに気づいた。
そんなことを思い出した。
ショックより、何よりも、
男って簡単に指輪を贈るもんなんだ。と
そんな発見をしたのを今でも覚えている。

人生でどん底だったと思うけれど、
世の中にそんな話は五万とあるわけで。
それでも、あのときほど辛いことはない。といって
乗り切れてしまうのは
理由付けにはもってこいなんだろう。

かさぶたをはがしては
またじくじくした傷をいじり、
またかさぶたをはがしている。
とうとう消えずに痕になって、
そのあとをしみじみと眺める行為に似ているかもしれない。

2007年09月25日(火)



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