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| 2005年05月08日(日) ■ |
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| 教えるのはとても難しいという話�� |
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夢の7連休最終日。今日は空振りでした。試合があるであろう場所の選択をことごとく外し、何の収穫もないまま交通費だけで5000円ほど使う始末。これで連休最後だなんて…。
夜、昔買った山田詠美さんのエッセイを読み返し、改めてハマった。作家になるためのアドバイスではないけど、ヒントを教えてくれている。一文一文に、うんうんと頷きならが読み進めた。何度も読んでいるはずなのに、初めて読んだことのように感じた。
ただフィクションとノンフィクションの違いってのがある。フィクションは自分の思いをつづればいいけど、ノンフィクションはその対象を書くもの。当たり前と言ったら当たり前なのだけど、実践で、体でしかわからない私は、取材という形をとって、初めてそれを実感し、ちょっと怖がっている。
事前にテーマを設け、それに基づく答えを相手から引き出すだけではいけない。かといって、何の準備をせずに行っても苦戦する(経験済み)。3回して行っていないので、まだ言い切れないのですが、私の場合、これを聞きたいと思う質問で、答えが返ってきません。一瞬の沈黙があり、空気がザラついて(着眼点が育ってないとともいう)。
事実だけを淡々と書いても伝わらないし、感想文でもいけない…。今の私のスタンスは後者。だから、自分の欲望のために相手を使っているんじゃないかと言われても、反論はできない。いったいどうすればいいんだ。本当に難しい。結局、書き続けるしかないのだけど。
そんなことで悶々しているとき、ふと思い出した。学生時代、教育実習に行ったときのことだ。実習生の中に、結局最後まで授業ができない人がいた。担当の先生とおても気まずくなり、「もうお宅の大学からの実習生の受け入れは…」という危機に陥りかけたと聞きた。彼女はお寺の長女で、ゆくゆくは家を継ぐことが決まっていた。
確かに授業を組み立て、実際教壇に立って進めていくのは難しい。自身の解釈が間違っていて、当日の朝にゼロから作り直しなんていうこともあった。泣きそうだった。それに教壇に立つのは、ものすごく緊張する。決められたことをしなければいけないというのもしんどいし。だから、彼女はその辛さに押しつぶされたんじゃないかと思った。ところが、実習最後の授業はテーマも内容もすべて自分で決めることができた。いわゆる“ソロライブ”。自分を表現することが嫌いではない私にとっては嬉しかった。何の制約もないのだ。私は嬉々として取り組んだが、彼女は相変わらずダメだった。
彼女は言った。 「なんで、(授業が)できるの?」 なんでって、やらなあかんからやん。そう思ったけど、ふさぎこんでいる彼女を追いつめるのはよくない。 「でも、今度のは自由やん。そら宗教はからめなあかんけど、自分の思っていることや考えていることをやったらいいんちゃう?」 そう言ったあとの彼女の答えが、重かった。 「自分はそれでいいわ。でも、私、寺を継がなあかんねん。檀家さんに教えなあかんねん。自分の思っていることや考えていることを言うわけにはいかへんやろ」 返す言葉がなかった。彼女は私とは違うものを背負っていた。今でこそ、「まだ先の話やん。生徒は檀家さんやない、肩肘はらずにやってみたら?」と言えたかもしれない。けど、彼女の言うことが今になってよく響く。
できなかった彼女の授業は、代わりに私がした。経験が2倍積めたので、私にとっては悪いことではない。でも、彼女はつらかったと思う。後日、迷惑をかけたお詫びにとごはんをおごってもらった。スパゲティー大盛り、ドリンク、デザートも頼んだ。たんまり食った。彼女の負い目がほんの少しでも減っていたらいいんだけど。
(題名の�兇任垢�、�機淵織ぅ肇襪砲海了�はないですが)は、2002年1月23日にあります。いつまでかかってんねん)
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