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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2005年03月12日(土)
プレお遍路


 夢の遍路へは、24日に旅立つ予定だけど、どうしてもいきたくて、いきたくて仕方なくなった。それで、日帰りで行ってみることに。

 昼前に一番札所・霊仙寺の最寄り駅・板東駅に到着。ホントに寺があるの?と思うくらい、普通の田舎の町並みで、ちょっと不安になった。でも、大通り出ると、寺も門構えを見つけ、白装束を来た人たちが幾人もいて、ホッとした。私の遍路が始まる。ごくっと唾を飲み込んだ。

 お参りする前にいろいろ用意するものがある。まず門前の売店で、買い物しようと中に入った。種類が多すぎて何を買っていいかわからない。訊こうにも、店の人がとても忙しそうだ。さすが一番札所だけあって、店内も混んでいる。「この計画は、やっぱり時期早尚やったんやろか」と、妙な疎外感と不安にかきたてられた。すると、住職さんらしき年輩の男性が声をかけてくださった。「こんにちは。」、その笑顔につられて、「こんにちは」。彼が視界の端っこで何をするでもなく、穏やかな顔つきで立っていたのは薄々気づいていたけど、遍路にきて初めて話したのが住職だなんて、すごいスタートだなあと思った。その柔和な顔つきに、今抱えている不安を全部ぶつけてもいいんじゃないかと思って、事情を話した。

 すると、「ここは高いから、他のところがいいよ」と耳元で囁かれた。びっくりした。そんなこと言っていいんスか?私は、言われるがままに、彼の車に乗せてもらい、六番札所・安楽寺へと向かった。車内で話していると、彼は地元にある他の寺の住職さん。たまたま霊仙寺に来ていたのだという。偶然…ではなく、これが縁なのか。安楽寺の売店で、あれこれ指南を受けながら、遍路用具一式を購入。霊仙寺で買う金額の半分程度で済んだ。彼は売店の人に顔が利くらしく、コーヒーとパンをよばれた。

 その後、彼の寺へ行き、お経の唱え方や数珠のつけかたを教えてもらう。そして、数珠をいただいてしまう。買い物しているとき、数珠を買っていないことに一抹の不安を感じていたのだけど、そういうことだったのかとあとで納得。見ず知らずの私に何故そこまでしてくださるのか。愚問だと思うけど訊いてみた。「それは、あなたが遍路で来ているからだよ。そうでなかったら、こんなことしない」。でも、彼は過去に私と同じようにやってきた若い遍路に何度となく迷惑をかけられたり、振り回されるといった経験をしている。普通なら、そこでやめてしまうはず。それが、仏に仕えている人なのか。何もできない私は、ただそのご好意を素直に受け入れるのが精一杯。

 帰りの電車の時間があるので、ゆっくりとしてられない。彼は、私を再び車に乗せ、駅に向かいながら、一番札所から三番札所まで連れて行き、お参りの指導もしてくれた。お参りのあとは、近くの駅で私を降ろし、「いつでも泊まりにきなさい」と念を押すように何度も声をかけ、開けっ放しの愛を示し、車で去っていった。もしかしたら、これが一番最初に受けた“お接待”だったのかもしれない。納札を渡すのを忘れていた…。

 四国遍路には、同行二人という言葉がある。たとえ、一人で歩いていても、いつもお大師さまと共にという意味(金剛棒と呼ばれる杖は、お大師様の分身とされている)なのだが、今日、私は人の姿を借りたお大師さまに導かれていた気がする。私でも、遍路に出ていいんだ。スタート時感じた不安を振り払うことができた。

 余談だけど、住職の寺に行ったとき、ホラ貝で出来た笛のきれいな音色を聞かせてもらった。「簡単に吹けるから、吹いてごらん」と言われて、吹いてみたけど、何度やってもダメだった。住職の指導を仰いでもダメだった。「なんでだろうね。4歳の子供でも簡単に吹けたのに…」。これを4歳の子が…。私は直径20センチ弱はあろうかというホラ貝をしげしげを見つめた。その子供より4半世紀はようけ生きてるぞ、うち。でも、ホラ貝だけに、嘘がつけない性格ってことで。お後がよろしいようで。