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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2003年10月15日(水) ■
隠岐への旅�  悗△襪海�見た隠岐という町』


 隠岐ツアーから土壇場で「や〜めた」と手を引いた父が言った。「飛行機、どうせプロペラやろ。パラパラパラァ〜や」…ってホンマにプロペラやったやんけ。座席は40席もない。大型バスでも50くらいあるのに。で、すごく揺れる。すごい騒音。酔った。オエ〜。

 隠岐で過ごした3日間は、親切と不親切が極端に入り交じって、情緒不安定になりそうだった。旅の前から薄々勘づいてはいたが、この町は一人旅の者には冷たいというか、応対に困っているような印象を受けた。観光は大切な収入源だからこそ、収益の多い団体に焦点を合わせているのだろう。それはそれでしょうがないか。でも、焦点のぼやけたスタンスで旅をしたからこそ、素の町の様子を垣間見たような気もしないではない。決していいことばかりではなく、むしろ不愉快というか腹立つことの方が多かったけど。

 ます、民宿は1人だと断られたし、ホテルに予約の電話をしたときも応対が悪かった。郷土館などに入るときも「1人ですか?」といぶかしげな顔されたし、受付も人がいなかった。たぶんタダで入れたと思う。寺も団体観光客が出ていくと、誰もいないがらんどうのただの古びた建物。五箇創生館にあるレストランで、「梅干しを抜いてください」と頼んでおにぎりを作ってもらったら、梅干しが入ってた。やる気か?おまけに勘定するにはレジに店の人がいない。呼んでも、呼んでも出てこないから、厨房まで行きましたよ、わたしゃ。工事をしていた業者のおじさんさえいなければ、食い逃げ出来た。で、やっとレジから出てきたおばさんが、「どうでしたか?」と聞きやがる。「どうしようもないわ」とはとても答えられなかったけど。店を出て、イライラしたのでコーヒーを飲もうと自販機で缶コーヒーを買うと、ヘコ缶やった。28年間生きてて初めての屈辱。ホテルは予約時の印象とうって変わっていいところだったけど、戻ってきたときに、「そこに鍵おいてあるんで、ご自分のを取ってください」っていうのはどうなんだろう。受付んとこに5,6個の鍵が並んでた。セキュリティー、大丈夫?田舎の家は鍵をかけないって聞くけど、ホテルでもそのノリやったらあかんやろ。最終日の昼は立ち読みしたガイドブックに書いてあったお好み焼き屋さんへ行った。まあ、おいしかったけど、おしゃべり好きで気さくなおかみさんは奥の部屋でむっつり顔でネギ切ってたし、店に出てたハリガネロックの大上そっくりな兄ちゃんには愛想がない。そういえば、この3日間いろんな店や施設に行ったけど、イキイキした「いらっしゃいませ!」は聞けずしまいやったなあ。いらっしゃいませの声かけすらなかったとこもあったし。のんびりしてるというか、いい加減というか…。平日閑散期の極みをたっぷり味わわせていただきました、はい。

 もちろん、いいこともありましよ。道行くおじちゃんやおばちゃんが、挨拶してくれたり(誰とも話さない一人旅の身、挨拶という名のぬくもりには弱い)、バスの運転手さんが観光案内してくれたり、バスガイドのお姉さんに寺の見所を教えてもらったり、ホテルではご飯を食べながらマスターと隠岐高校や阪神の話で盛り上がった。(最終日の朝の挨拶が、「星野さん、辞めるんやってねえ」だったから)

 3日間快晴だった(ただし1日目の夜は雨)。印象に残ったのは、大きな鳥(カラスとか)が非常に低い位置を飛んでいたこと。襲われるんじゃないかと最初はちょっと怖かった。2日目ぶらぶらしていると、漁師さんが釣ってきたアカイカを水揚げしていた。めちゃデカかった。水揚げのシーンはテレビでしか見たことないから、物珍しくて、ずっと見てた。

 でも、やっぱりここは大勢でわいわい来る方がいいと思った。車があればなおいい。車がなかったので、時間が余ってしゃあないのに、動けないということで最終日はしんどかった。名物のロウソク島も見れなかったし。家に帰ったら、私の撮った写真を見た父が言った。「なんや、晴れてたんや。ワシも行けば良かったな」。なんじゃ、そら。