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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2003年10月01日(水) ■
風邪ひいてまんねん�� 〜呼吸ができてナンボ〜


 「10月に入ったら、運気が良くなる」って言ったのは、どこのおばはんやったっけ。嘘さらせ、金返せ。今日、私は風邪を悪化させて、息することだけで精一杯の中、休憩時間30分で、9時間も働いた上、夜には救急病院に行く羽目になったんやで。今月の行く末が思いやられるわ。

 昨日は思ったより調子が良かったので、今日も大丈夫かなって思って出勤したら、11時くらいから、咳がひどくなり、息するのもしんどくなった。空気を吸うたびに、ヒィ〜とかいう壊れた機械みたいな音がした。絶対、人の32%くらいしか空気吸ってへんわってくらいのしんどさだった。こうなったら、ミスも注意も怖くないわい。

 最初は痰が出ないからこういう症状が起こってるんだと思った。だから、早く家に帰って思う存分出したんねんって思ってたけど、家に帰っても状況は変わらないどころか悪化に一途。咳したら後頭部に雷のように襲う痛み、それでも出ない痰。2時間くらいうんうん唸ってると、おかんが言った。「それ、痰が出えへんからと違って、気管が狭なってるからとちゃうか?」

 私は、子供の頃小児喘息を持っていたことを思い出した。今の自分はすごく重症なんやと思ってるけど、昔はこんなことを定期的に繰り返して、乗り越えてきたのだ。当時は近所の診療所(今は廃業)に行って、診察室の前にある古い椅子に腰掛けて吸入をしてたっけ?気管支を広げるお薬みたなものを霧状にして、それを深呼吸しながら、肺まで吸い込む。

 ということは、このまま唸っていても、治る見込みナシやん。朝までこんなんで明日の仕事は無理やろ。今の今まで、痰さえ出れば治るって思ってたけど、これは病院行って吸入してもらうしかない。でも、今は夜の9時。病院はやってない。ああ、もっと早く気づいていれば。私は勝手な思いこみで人生を失敗するのではないか。

 そんなとき、母の天の声。「救急病院行くか?」
 私は素直に頷いて、おとんの車に乗った。車内にいる3人は全員風邪。咳の競演。本物の患者はだぁ〜れだ?

 病院に着いた。入り口は救急車が搬入するところと同じで、「そんなんちゃうねんけど」とかなりビクビクしながら入った。でも、このときは患者がいなかったのが、警備員のおじさんと受付の男性職員が穏やかな顔をして私たちを迎えてくれた。

 熱を計ったあと、診察室の通された。だだっ広い部屋だった。学校の教室2つ分くらいかな?緊急手当をするベットが4台くらいおいてあった。私は吸入をすることになった。一刻を争う命の現場の片隅で、お世話になった吸入器と16年ぶりの再会。あんまりうれしくなかったけど、霧を吸い込んだ瞬間、自分がなんでここにいるか忘れた。普通に呼吸が出来たのだ。

 15分間吸入をしながら考えたこと。
 もし、今、ここに、『救急病院24時』とかいうドキュメントで取り上げられるような重症の患者さんがものすごい血相で運び込まれたらどうしよう。あの壮絶な光景の片隅で、アホみたいに口を開けて吸入している私はあまりに場にそぐわない。部屋の隅でのどかに南京町(神戸)の話をしているあの女医さんたちも豹変するのかな。なんか、あまり見たくない…。平和な時間が流れますように。

 ところが、ピーポーピーポーの音が近づき、入り口で止まった。ああ、神様!運び込まれたのは、おばあさん。意識があるらしく、自分の症状を説明してた。むごい傷や血もない。ああ、よかった。

 3日分の薬をもらって、病院を出たらちょうど午後10時だった。私はありがたき酸素の恩恵を気管支で感じていた。帰り、おばあさんを運んでた救急車が止まっていて、灰色の制服を着た人が作業をしていた。たぶん、救命士と呼ばれる人だろう。私はそんなわけないと思いながらも、彼らの顔を見た。よかった、知り合いじゃない。鼻血色のジャージを着てるところを見られたら、死んでも死にきれんよて、なんてこんな場所で不謹慎なことを思った。ゲンキンなもんだね。