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| 2002年06月16日(日) ■ |
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| あるこの神宮シリーズ��〜1998年、北嵯峨高校野球部〜 |
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大学野球選手権は、言うまでもなく全国大会である。故に全国から来た大学を見ることが出来るわけだが、自分には縁もゆかりもない地方の大学に、地元出身の選手がいたら、思わず応援したくなる。
遠くで、がんばっているんだなあ、と感心する。地元大学でがんばっている選手の存在も嬉しいが、それと同じくらい他地方の大学でがんばる選手の存在も嬉しい。 というわけで、地元以外の大学にいる地元出身の選手を調べてみた。そこで、わかったのが、北嵯峨高校出身の選手が多いということ。それも全て4回生。
帰宅してから、1998年の高校野球京都大会の選手名鑑を引っ張り出してきた。10ページ目が、北嵯峨高校の選手紹介の欄。ピッチャーから順に名前を追う。
キャッチャー・堂前選手は東北福祉大、二塁手・谷選手は東亜大、キャプテンだった萩原選手は八戸大、ピッチャー・周栄選手は大阪体育大学の選手として、今大会に出場している。
すごい確率だと思う。それでも、この年の北嵯峨は、甲子園に行くことが出来なかった。京都大会準決勝で、この年甲子園準優勝に輝いた古岡投手擁する京都成章高校に1−7で負けている。
さて、その4人のうち、プレーを見たのは3人。うち、印象に残っているのは、堂前選手と谷選手の2人(萩原選手、ごめんなさい)だ。
共にキャッチャー。そして、チームは失策がきっかけで、敗戦を喫し、自身もその一旦を担ってしまった。
谷選手の方は、中盤にタイムリーツーベースを打って汚名返上をした。当時の名鑑で堂前選手の紹介欄に「勝負強さはチーム1」と書かれていたが、今回に限っては、それは谷選手に当てはまる。
一方、堂前選手は汚名返上する機会もないまま、無念の敗退となってしまった。
試合後のインタビューは、ネット裏の女子お手洗いのすぐ側で行われる。この試合後、私もお手洗いに行ったのだが、ちょうどそのとき、堂前選手がインタビューをされているようだった。距離はわりと近い。表情も多少はわかり、何を言っているかよく判らなかったが、声も聞こえた。
第一印象は、不覚にも、「肌、きれいやな」だった。野球をしているとは思えないほど、優しい顔つきだった。
気のせいか、目が赤く充血していた。涙声だった。胸に迫るのもがあった。
1998年当時北嵯峨高校を指導していた監督さんは、今他校の監督をされている(注:鳥羽高校の卯滝監督ではありません)。今回の選手権で、教え子ががんばっていることをご存じだとは思うが、これもまた指導者冥利に尽きるのではないかなと思う。
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