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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2001年09月09日(日)
笑顔でいこう 〜京都・南陽高校の場合〜


 試合開始前に選手がベンチの前で円陣を組んで大声を出す。キャプテンが何か気合いを入れるように叫んだあと、他の選手がそれに続くのだが、あの最初の一声が何を言っているのか未だによくわからない。一瞬で終わる得体の知れない叫びなのだ。
 今日の試合で見た南陽高校のそれは「叫び」ではなかった。太陽が夕方に向かっていく晴れ渡ったグランド。三塁側・南陽高校ベンチ前に部員が円陣を作った。試合開始前とあって。グランドは静かだった。外野の彼方にいた私にも「声」が聞こえてきた。主は円陣の中心にいた。
 「どんなときも笑顔。いつでも笑顔…」
 会社で朝礼で唱える社訓あたりを女性シンガーソングライターが詩にしたらきっとこんな感じなんだろうなと思った。そして、最後の締めくくりは、「笑顔でいこう!」。…円陣が解けた。
 この光景を見て。南陽高校というチームがどんな戦い方をするのかに興味を持った。対戦相手は東山高校。一時期ほどの強さはないものの、上位を中心に集中だの出る打線のチームだ。しかし、南陽高校も昨秋2次戦に進出した実績もある。旧チームからの主力選手も残っている。周りが言うほど自分たちが不利とは思ってはいないだろう。

 先制点は南陽高校に入った。2回表のことだ。初回こそ三者凡退2三振と東山の左腕エースに完璧に押さえ込まれた。制球、とりわけカーブのコントロールのいいピッチャーだ。そこに意識がいってしまったのかもしれない。しかし、攻撃が終了した地点でこう考えたのではないだろうか。
 「カーブを捨ててまっすぐだけをセンター返し」
 1回裏に二死満塁のピンチを迎えたがそれを三振で仕留めたのも先制の後押しをしたのかもしれない。
 先頭バッターが鮮やかなセンター前ヒットで出塁。バックネット裏の南陽高校関係者はここぞとばかりに大喜び。5番バッターにバントをさせ、1点をもぎ取る作戦。6番が三振に倒れたが、7番が2−0と追い込まれながらも打った打球サード横を抜けた。ここを抜けると長打コースだ。二塁ランナーがホームイン。東山ナインがマウンドに集まる。動揺が見えた。まさかこんな序盤だ、こんなに真っ芯でボールを捕らえられるなんて…。
 この回、内野安打で更に1点を追加した。しかし、その裏にあっさり同点に追いつかれてしまう。2−2。どちらとも決めてのないまま試合に中盤に入った。
 均衡を破ったのは東山だった。南陽高校のピッチャーが極度に荒れていたこともあり、じらされてなかなか打てなかったのだが、この回は違った。先頭バッターの左中間に飛んだ打球、金属音が鋭く耳についた。ボールを捕らえられた当たりだった。その後は四球と連打で気付けば6点を取られていた。2−8。一気に点差が広がったしまった。それまでは、どちらかといえば、試合の流れは南陽高校の方にあった。毎回ヒット、三者凡退のイニングはなかった。しかし、チャンスに牽制や盗塁を差されたり、走塁のツメの甘さで長打が少なかったのが響いたようだ。チャンスをじらされると勝利の女神がご機嫌を損ねるみたいだ。
 しかし、ここからン南陽高校に長打が出るようになった。「あと1点でコールド負け」ではなく、「あと7点で逆転」と考えたのか。また、東山も攻めきれずにいた。結局、8回裏にスクイズを決められコールド負けとなったのだが、点差以上に緊迫した試合だった。ヒットも長打の数も相手のそれを上回っていた。スコアだけ見れば、ピッチャーの与四死球12が目立つ。しかし、それが敗因ではないと思うのだ。ピッチャーのボールは速かったし、また荒れ球だったからこそ相手打線がてこずったのだろう。観戦していた知人が、「このまま行くと夏には140キロくらい出るんじゃないか」と言っていた。無責任かもしれないが、コントロールにこだわりすぎて何かを失うような投手にはなって欲しくない。
 バックネット裏に陣取っていた同校の父兄さんから「悔しいなあ」という声がきかれた。普通、コールド負けでこの言葉は出ない。きっと何か手応えを感じたのだろう。
 ベンチを引き上げるためにあと片づけをしていた南陽高校の選手に試合前に言っていた「笑顔」が当然なかった。みんな黙々を荷物をカバンの中に詰めていた。監督らしき人が「これで終わったんやないぞ!」と声を荒げていた。
 帰り、背番号「3」をつけた選手は顔を伏せて泣いていた。夏の大会ではよくある光景だが、秋では非常に珍しい。この選手は4番を打っていて、試合中でも積極的に声を出しチームを引っ張っていた感があった。一体何を思って泣いていたのだろう。私には知る由もないが、それは「負けた」という事実と自分の中の何かを結びつけてのことだと思う。

 この日、ある方とお話をしていて、「大差がついたからといって、その試合が面白くないとは限らないし、むしろ面白いときもある」という内容の話になった。気合いの代わり、「笑顔でいこう」と言ったチームの展開したのはまさにそんな試合だった。