| 2004年03月30日(火) |
「嫌われ役」と「嫌われ者」の違い |
いつもタイトルがテキトウなskですが、 今回はちゃんとしたもの。
エッセイにしようとも思いましたが、 手軽に見れる日記というスタイルもいいかなと。
僕は色んな会議に出て、色んな意見を聞き、 色んな話をして、色んな話を聞いている。 否定する時もあれば、共感するときも。 意外な意見にビックリしたり、愕然としたり。
僕は人には皆、「役」があるものだと思ってる。
友達の中にもそういう関係ってないだろうか。
ある意味では、先入観から作られたものともいえるかもしれない。
ただ、人はその自分の「役」に落ち着いて生活している。
・いつもみんなを引っ張っていく人。 ・普段意見言わないけど、最後にポツリといって、 それがいつも素晴らしい意見の奴。 ・いつも被害妄想しかしてないやつ ・考えてない奴。
会議のリーダーは「今」にどの「役」が必要かを 知っていなきゃいけない。 何故か、
会議を劇と例えるならば、 その状況に応じて、使う役も変わるからだ。
そして、会議の時の自分の役、彼女彼氏といる時の役。 家族といる時の役は全て違うことも明記していこう。
嫌われ者と嫌われ役の違いって何やと思いますか。
役ってのは、その場限りやと思うんです。 人が言いにくい意見も言わなあかん時があると思うんです。
どうみてもお前それ間違ってるやろって思われてるのに、 人にはニコニコして「ええんっちゃう」 って言われるのって俺は辛いと思う。
せめて、意見くらいは伝えたい。 気持ちは伝えたい。
俺は最近ホントに自分の気持ちの伝え方について 深く考えている。
何処まで言っていいのかわからない。 今までそれに鈍感だったのか。 それとも無意識に考えていたのか僕は分からないけれども、 でも、ちょっとわかんね。
俺は、正直でありたい。 一生懸命でありたい。 手を抜きたくない。 人に対しては常に一生懸命でありたい。
嫌われ役と嫌われものを勘違いしてるやつ。
ミ−ティングに評論家はいらないのだから、 ただ、よくしていく方法を考えたらいいのだ。
団体行動って難しいって思う。 俺はよく「うまい」といわれるが、 なんでか自分でもわからないし、 結局その範囲の狭い世界ならうまいって言われるのかもしれないが、 それが大きな世界だとどうかわからない。
ただ、もっと本を読みたいと思うし、 数多くの人ともっと知り合いたいと思う。
嫌われ役には俺は志願してでもなってやる。 でも、嫌われ者にはならないような工夫と台本作り。
人生は劇だな。
皆、偽りか真実かなんてわからない。 人の数だけ真実の存在を許してしまうのなら、 何が現実か分からなくなる。
ただ、目の前にあるものを現実として捉えて 俺はいいのだろうか それが現実ですと、俺は生きていくのか。
俺は俺でありつづけたい。 俺は俺でありたい。
じゃぁ俺ってなんだ。
俺の役は?
自分と真剣に立ち向かわなければならない時期になったと、 繭になりながら、思った。
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