相談される事が多い僕だけど、 実際それに答えられることって少ない。
ソーシャルワーカーという仕事であり、資格が世の中にある。
メイン業務は相談を受けることだ。
簡単に表現するならば、 その相談をしてくれた人がどのようにしたら 幸せに生きていけるかを経済面で支援することだねぇ・・・。
俺は前にカウンセラーという仕事にあこがれていたが、 今は憧れはない。
心というものが人にはあると思うが、 それは形のないもので、人それぞれの形があると思うから。
だからそれを触ってこう生きるべきだなんて 赤の他人が言えるかよ。
俺はそれより、今現実に思っているその問題を解いていこうと思う。
悩みは自分で解き放つものだ。 だから、悩みは聞くことが大事だと思う。
だから、俺は相談されても、聞くのがほとんどだ。
その程度か?
って悩みでも、最近は何も言わずに聞いている。
人に話す。
それだけで自分の中でこんがらがっていた紐と紐が解けるときもある。
自分の中でその問題を整理して、
あ、こうすればいいんじゃん
みたいに解けるときもある。
っていうかそれが実際多い。
悩みなんて結局は迷いに似ていて、
選ぶということに近い。
それを選び切れなかったり、 もしくわどちらがいいか選べないということだ。
どちらかがいいって選択の悩みは、
こっちがいいっていう考えはあるのだろう。 だけど、もう一方も魅力的であったり、 またはこっちってのにも自分に負担があったりで、
ある意味では他人から見たら滑稽に見えるものかもしれない。
あは。 そんなのすぱっとこっちだろ
みたいなね。
でも、おなかの痛みといっしょで、 その人にしかわからない痛みや苦しみもあるから 人は難しい。
本当にその人の立場になりがたいときもあるんだ。
だけど、時に人は人の悲しみを聞いて涙を流したり、 同じように悲しい思いになれるからすばらしい。
感受性が高いというだけでは表現しきれないすばらしい思いだと思う。
その人の悩みを解き放とうなんて、 そんなおこがましいことは俺は思っていない。
どうしたらその人が少しでも楽になれるかを考えている。
結局やるのは自分じゃんっていう人がいて、 相談しない人もいる。
だけど、それは一番つらいと思う。
確かに聞いてくれるだけで何か楽になれる気持ちも確かにあるのだ。 それだけで一歩踏み出せるような
何か空気のようなありふれたそういう勇気が生まれるのだ。 それはとっても必要なものなのね。
俺はなぜ人からよく相談されるのかわからない。
俺みたいに冷酷で残虐で、ひどいやつにわざわざ相談する意味がわからん。 後輩よ。俺みたいなのでいいのか?
もっといいのはそこらにいるぞ。
まぁ相談されるってのはうれしいんだけどね。うふ。
人に好かれる人間になるより、 俺は好くことのできる人間になりたいって最近本当に思う。
だけど、それって難しい。
今大学の情報処理室にいるが、 俺の後ろに座っている後輩が俺は大大大大大嫌いだ。
やっぱり難しいんだよ。 だからこそ選びたいんだわ。
まぁ何書いてんのだろ。 俺。 あほだ。
ってことで、明日からはちょっとしたケースごとに、 最近の相談されたことを書こうかなって思う。
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