| 2002年09月13日(金) |
早く会って言いたい。 |
こんばんわ。 渚☆です。
今バイト終りました。 つまり1時45分くらいですね。
今日は、大学で大学祭の企画の案を総務委員会という会議で 通しました。
思っていたより早く終ったのでとても嬉しかったです。 まぁ。。。。僕が色々言うたけどね(あせ
その後は先輩とゴハン食べに行きました。 おごってもらったぁー☆
って言うかマジでうめぇ。 びびった。
その後は、電車で地元まで帰ってきて、
市役所に行き、保育課で最近の報告をしてから、 実習先を決めたいということを言うて、 んで、療育センターってトコロを希望していると伝えたところ、
紹介していただいて、電話かけていただいて、 ソコ近くにあるんで、市役所を後にしました。
やっぱ普通に行くよりは、 こう、、、通してもらった方が少しでもいいかなって思って。
で、行きました。
1時間ほど話をしました。
とてもいい方ばかりでした。
そこは障害を持った0〜6歳までの施設で、
定員は20名らしいのですが、8名しかいませんでした。
なんで、この街にはもっと障害を持った子どもがいるだろうに、 そんだけしかいないのかという理由を聞くと、
悲しいものでした。
おそらく、 市が、人が増えると、それだけ保育士を雇わなければいけないという 人件費的な理由が1つにあると思います。
あと、普通になまけているからっていうのもあるでしょう。
あ、↑のはもちろん僕の推測ですが、 話を聞いてこれは可能生的に高いなと思いました。
そこは福祉会館の中にあるところですが、 とても狭いところです。
外に遊べるような空間もなければ、
とても狭い場所でもあります。
その中に歩行器や、さまざまなものがあります。
僕は3人の保育士さんに囲まれながら、 話を聞きました。
療育センターというものは、 親子、つまり、母子でそこに通うというのがとても大きな特徴でしょう。 親子で遊んで、学んで、食し、寝るのです。
週に、言語療法士、理学療法士、指導員の方が何回か来て、 本格的な教育もなされているそうです。
涙がでそうになりました。
家で、もし、 自分の家庭に障害を持った子が生まれたとして、
自分が働いている間、 その子を自分の妻が色々な苦労をしながら一人で育てていると思うと、、、
地域にも出すことのできないと思うと・・・
とても辛いだろうと思います。
こんな時代だからこそ必要な施設だと思います。
僕は障害を持ってもおかしくないままに生まれた子です。
母の子宮の中にある羊水という赤ちゃんが浮かんでいる液体が、 腐っていて、親にも先生からダウン症の恐れがあると 言われていたそうです。
そんな風に生まれた僕で、今ここでこうやって書いているのがまさに 奇跡です。
僕と紙一重の人たちです。
親に感謝をするのも当たり前です。
障害を持った子どもを持った母親の気分はどないなものでしょうか。
そもそも、ダウン症など、様々な障害のうちの主なものは、 3歳くらいから傾向が出始めるらしいです。 1歳半の時点で、医者はうすうす気付くらしいのですが、 でも親がそれを認めようとせず、 ただ、人と少し遅れているだけだと、思い込み、 むしろ、思い込みたいらしいです。
そういう親の苦労を知りながら、 今社会は彼らを無視しようというのですか。
アメリカが報復だなんだと言ってますが、 大切にすべきことは作り出すことではないでしょうか。
日本海が、「日本」って名前がつくから気に入らないとか、
それがそんなに大事なことでしょうか。
社会の日陰とも言える彼らを見過ごすのでしょうか。
子どもはみんなとても素晴らしい存在です。
愛すべきものです。
顔がどうとか、態度がどうとか、
そうじゃありません。
愛されるべきして、生まれてくることが、 世界で一番の幸福が人を「作り出した」ことでしょう。
僕は、自分の子どもが生まれたとして、
僕の名前を呼んでくれたら、 僕の考えた名前を、子どもが、自分だと認識してくれたら、
泣きそうです(爆
療育センターを卒業されていく親子は、 皆強くなっていくそうです。
でも、僕だって障害を持った子を歓迎できる自信はありません できるなら、言葉悪いけど、「ふつう」の子が 生まれてきて欲しいです。
療育体勢が不十分が故に、 親同士が、親が力を出すのです。
悪いことがいいことにつながっているとも言えるのですね。
世の中まだ知らないことが多すぎます。
社会の日陰で頑張っている人がとてもたくさんいるんです。
世の中本当につまらないですか?
アナタという存在の価値をアナタは気付くことができませんか?
くだらないことで、悩んで、凹んで、
それは僕もするよ。
完璧じゃないんだから。
でも、いつも力をもらう。
自分だけじゃない。
僕も今とても実は辛い。
大学祭・保育園・バイト・上映会・自動車学校の期限・実習先
色んなコトを一度に考えなきゃいけない。
僕の予定ノートは本当に無茶苦茶で、
もう毎日夜まとめなきゃ一発で分からなくなる。
期待がある。期限がある。プライドがある。時間がない。
思い通りにいかない。 人は、自分は、完璧じゃないくせに、 他人に完璧を求める。
少なくとも僕はそうだ。
他人も不完全だと知っても、それを笑って許さなきゃいけない。
怒って理性をなくしてはいけない。
皆のことを考えて行動はしなきゃいけない。
それが小学校から習っている「団体行動の基本」だ。
でも、とても楽しい。 頭がどんどん廻る。
面白いアイデアが浮かんで仕方ない。
どうしたらもっと面白くなるか。
気付いたらそれを考える。
どうしたら認められる人間になれるか。
親父はいつも言っていた。
「他人がする以上のことをしなければ、人から信用は得られないし、 給料もあがらない。」
俺はいつも肝に銘じている。
他人以上のことをしたら、逆に言うたら、人は集まるのだ。
人が嫌がることをすればいい。
それを進んでやればいい。
楽だと思うことを人はどうしても優先的に考えてしまう。
それを1つ踏み越えて頑張ってみる。
結果は出る。感動できる。
それでもうまくいかないときもある。
そういうときは凹む(笑
今は試練の時だ。
コレに押しつぶされてはダメだ。
言い聞かせているんじゃない。
武者震いだ。
社会を変えるのは相当の努力がいる。
頑張ろう。
うむ。
がんばるぞ。
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