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| 2009年06月02日(火) ■ |
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| レイプ犯は、自分が犯されてみればいいんだ |
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書籍「重力ピエロ」(伊坂幸太郎著・新潮文庫刊・485頁)から。 映画を観る前に、原作を・・・と読み直した。 彼の作品だけは、読み終えると、黄色の蛍光ペンだらけとなる。 (最近、メモを書き出すと時間がかかるので、塗ることにした(汗)) 主人公の弟、春は、母親がレイプされた時に妊娠して生まれた子。 その兄弟の会話が中心となっている、遺伝を扱った小説だが、 溢れた黄色い筋から選んだのは、この台詞。 「レイプ犯は、自分が犯されてみればいいんだ」 ハムラビ法典の中の「目には目を」の解釈を説明するシーン、 誰もが「やられたらやり返す」と誤って解釈しているが、 「目を潰されたら相手の目を潰すだけにしなさい」 「歯を折られたら歯を折るだけにしなさい」っていう 「過剰報復の禁止」を述べているんだ、と弟が兄に教える。 「俺は、刑罰も、それでいいと思う」と続くのだが、妙に納得した。 加害者は自分がしたことと同じことをやられるべきなんだ、と。 違う刑罰を与えるから、面倒くさくなる、と私も思う。 裁判制度で揺れている法治国家・日本であるが、 家の壁に落書きされたら、落書きした加害者の家に落書きをする。 喧嘩して腕の骨をおられたら、その罰は腕の骨を折られてみるといい。 被害者の苦痛を味わうことが、加害者に相応しい刑罰、という考えは、 今の社会でも通じることのような気がする。 原爆を落とした国は、原爆を落とされたことがないから、 今も戦争をしている・・と考えるのは、過激だろうか。
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