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| 2009年03月18日(水) ■ |
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| 環境破壊を「等閑視」できなかった |
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先日、箱根・成川美術館で見つけた言葉。 企画展は「関口雄揮のすべて」。 昨年亡くなった日本画家・関口雄揮さんの人となりを 語っていたパネルに、こんな説明が掲載されていた。 「環境破壊を等閑視できなかったのだろう」 自然をこよなく愛した彼にとって、 自然破壊・環境破壊は放っておけなかったに違いない。 しかし、耳慣れない「等閑視」が気になってしまった。 辞書によると「等閑視」とは、 いいかげんに扱って、放っておくこと。なおざりにすること。 「現状を等閑視した結果の大事故」 注意を払わず、ないがしろにすること。 「等閑視されてきた問題」という使い方をされる。 私の横で同じ文を読んでいたおばさま方、 「等閑視だって・・納棺師じゃないの?」と大笑い。 そのお笑いのセンスは気に入ったけれど、 やはり、美術館での大笑いは・・ちょっとねぇ。
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