烟霞散彩 胡蝶舞 霄漢遠 瑞鸞翔処 去青獅彩
落我不捕 全青染染
「どこへ、行かれるのですか?」
星が散りばめられた美しい静かな夜空の下、 みなが寝静まっている中を気付かれぬよう通り過ぎる。 馬を一頭連れて。 宿営地からあそこまで、一番近い門へ。
りん、と鈴が鳴った。
「あーたは・・・」
りん
「邑姜です。呂邑姜です、天化さん。」
りりん
「ああ・・・」
りん
「俺っちが、何をしようとしてるのか・・・・・わかってるさね?」
りん・・・・・・
「ええ・・・」
ヒョウッと風がなく。 二人の同じ黒髪を揺らす。 馬が激しく首を振り、静かに鳴いた。
足音を建てずに近づいて、 馬の首元を優しく掻いてやる。 それを受けて、気持ちがよいと、また鳴いた。
「止めるのかい?」
「・・・・・」
答えなかった。 瞳をその一点に集中させたまま、顔を上げずに。
止まることなく、次々と溢れ出る生暖かい紅。
「貴男は・・・
何の為に・・・
誰の為に戦っているのでしょう・・・?」
ぽつりと彼女の口から漏れた、重い重い言葉。 顔を下に向けて、その手の動きを止める。
こちらを見、隠すように身にまとっていた上着を思いっきり引っ張り上げて。
「こんなに、ひどい怪我まで負って・・・」
紅は溢れ出る。 包帯は、すでにもうその役割を果たしていない。
「それでも・・・そうまでして貴男は、 一体何を求め、得ようとしているのですか?」
手を当て、役目を終えた其れを巻き取っていく。 生々しい傷口に目を背けることなく、 新しい包帯をどこからともなく取りだして、またきれいに巻いていった。
きつく、きつく。
「・・・証、さ。」
「え・・・?」
顔を上げ、天化の顔を捕らえる。 その瞳に。
優しい優しい微笑み。 そして、瞳。
「生きる証さ! 親父やコーチに負けない、立派な証を立てるのさ!!」
綺麗だった。 吸い込まれてしまいそうな、綺麗な瞳。
手を伸ばし、その頬に添える。 びっくりしたような顔に、くすりと笑った。
「綺麗な瞳をしているんですね。」
「え?」
「瞳。 まっすぐで、優しい瞳。 まるで、昼間の青空みたい。」
しばらく目を瞬かせ、そして笑った。
「よく言われるさ!」
なんて素直に、純粋に笑う人なんだろう。 私には出来ない、絶対に。
なくしたくない。 ここに留めておきたい。
けれど
「きっと、貴男は無くしてしまうんでしょうね・・・。」
「ん?」
無理矢理留めてしまえば、きっと永遠に失われてしまう。 そうなるくらいなら・・・
「・・・ここを出ですぐのところに森があります。 入って、真っ直ぐ西へ進んでください。 音が響いて誰かに見つかることなく、朝方には目的地に着くでしょう。」
もう一度、馬の首元を掻いてやる。
「止めないんさね。」
「・・・・・」
だって嫌だから。 笑顔を失ってしまった貴男を 見たくはなかったから。
「天化さん。」
「うん?」
「私・・・もう少し早くあなたにお会いしたかったです。 もっと、もっと・・・だくさんお話しを聞きたかった。 けど・・・。」
「けど?」
目頭が熱くなる。 精一杯の笑顔を作った。
「もっと早く出会っていたら、私はあなたを好きになってしまったかもしれないから・・・ だから・・・ このくらいが丁度良かったのかもしれませんね。」
初めこそ驚いたような表情をされたが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべて サンキュ!とだけ言った。
さよならは言わなかった。 無事に帰ってこいとも言えなかった。 溢れてしまいそうだったから。 いろいろな感情が、想いが・・・
烟と霞が彩りを散らす中
胡蝶は舞い踊り
大空に振るわせて
霊鳥が翔び立つ頃に
眩しい貴男は去ってゆく
捕まえないから降りてきて
全てを青に 染め上げて
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