女房様とお呼びっ!
DiaryINDEXpastwill


2004年06月16日(水) かくてイバラの道をゆく

海辺のホテルでの一件から、まる1年経った。
月並みな言葉だが、長かったような短かったような…。
流石にもう話題にのぼることもないが、ソンナコトモアッタネと懐かしむほどこなれてもない。

ただ、あれ以降、特にここ何ヶ月か、イリコも随分変わったなぁと思うことが多い。
端的に言えば、以前より反りが合うようになったと感じるのだ。
当然、無自覚ながら私にも、何らかの変化があるのだろう。

そうなった原因が、あの一件にあるのかどうかはわからない。
何事もなくとも、三年も付き合えば、それなりに添うようになるものだし、
各々においても、三つも歳を重ねれば、それなりに変わる。
それでも、あの一件も含めた紆余曲折を経て、今があるワケで、
苦しみながらも惑いながらも諦めず、足掻き続けた月日の重さに深い感慨を抱く。



奴と知り合ったのは、某femdomサイトのオープンチャットだ。
ここで私は初めてチャットを経験し、あまりの面白さに瞬く間にハマり、程なく常連になってしまう。
そして、同じく常連だった奴としばしば同室した。

発言は疎らだが、丁寧でソツのない言葉を操る奴は好印象で、
かつ’経験10年・鞭好き’というプロフを聞けば、それなりに練れたM魚なんだろう。
が、ちょっと出来過ぎな感があって、さして興味を覚えなかった。

ある日、奴が実に大人気ない行動に出たところに居合わせた。
日頃の印象を激しく裏切る振る舞いに、同室の皆は唖然としつつ、相応に心配したものだ。
もちろん、私も同調してはログを積んだ。
しかし、モニタのこちら側、私は笑いを堪えることが出来なかった。
表面上は取り繕っているけれど、奴は紛れもなくマゾだ。
そう確信して、胸が躍った。

奴のマゾぶりが披露されたのは、そのただ一回だけだったが、
私の興味を繋ぐに充分で、それは日ごとに膨らんでいく。
勢い会話を絡める機会も増えて、奴は徐々に射程距離に入ってくる。
相手を特定した興味はすなわち性的な欲求を招き、
その頂点で辛抱堪らず、あからさまなメールを書き送った。
むろん言葉は選んだが、要はヤらせてくれと誘ったのだ。

対し、奴はチャットでの印象通りに慇懃な返信を寄越し、出鼻のナンパな気持ちがちょっと揺らいだ。
行きがかり上、私もまた丁寧なメールを返すことになり、
以来往復する長い長いメールが、その不埒な思惑を駆逐していく。

やがて対面し、再びしかもリアルで、奴のマゾらしい破綻を目の当たりにするや、私の気持ちは決まってしまった。
こんな男をナンパしようとしたなんて…、軽率な自分に恥ずかしささえ覚えた。

その後のなりゆきは、以前記事したので割愛するが、
つまり、私は端から奴を奴隷にしたくて口説いたワケじゃない。
今更だけど、コンナハズジャナカッタのだ(笑。



いっぽう、奴にあっても、コンナハズジャナカッタに違いない。
いや、私よりもずっと深刻に、恐らくは再々そう悔やんだのではないか。

いつだか、ふと思いついて奴に訊いた。


「そういえば、キミはパートナーの募集したり、応募したりしたことあるの?」
「いえ、ありません。もともと専属になるとか、諦めてましたから…」


「そっか、口説いて悪かったね」と茶化しながら、その実、複雑な思いにかられた。
奴が諦めていた理由はともかく、あのとき私がナンパしなければ、この男は奴隷になんてならずに済んだのだ。
それまでの10年同様、SMクラブでM癖を晴らし、チャットで知り合う同志とSM談義を交わし、
何の問題もなく過ごしていただろう。

もちろん、私たちが関係を結んだのは、**様の奴隷になりたいと奴が意思を示したからだ。
しかし、当時の奴には、その後に続く試練や苦悩を想像し得なかったことと思う。
恋愛に憧れる者が、恋愛してこその苦しみを知らないように。

いや…、奴の場合、憧れこそすれ諦めていたのだから、現実は一層厳しく、呪わしい程だったかもしれない。
それにたぶん、当時奴が「奴隷」と称したのは、今の奴の状況よりずっと軽い意味合いだったろうから。



様相は違えど、コンナハズジャナカッタ同士が出喰わせば、そりゃ相応に難儀する。
きっと互いに、ナンデコンナコトニ?と苦悩した出来事の連続だった。
そのせいだか、未だ信頼に遠く愛に疎く、その上相性も悪ければ、このご縁自体を疑ってしまう。
それでも、縁あるからこそ共にあり、共にある意味があってこその縁なのだろう。

イバラの道は進むに難い。
けれど、遅々と歩めば、漸く拓く風景のなんと素晴らしいことか。
先がまだまだ遠いなら、その楽しみもまだまだ続く。

かくて、イバラの道をゆく。


女房 |HomePage

My追加
エンピツ