女房様とお呼びっ!
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2003年10月31日(金) 因果はめぐる 2

奴が珍しく電話を寄越した折りしも、私もまた珍しく打ち合わせ中だったのだが、
先日の今日というタイミングで掛かってきたそれを、流石に見過ごすことは出来なかった。
しかも、奴からかけてくるということは、よほどの事情があるのだろう。
辺りを憚りながらも、寧ろ、何の用件だろうと緊張のあまり身の縮む思いで応答する。


「きんたまが腫れて、熱もあるんです…」


そう聞いた途端、思わず「ネツゥ?!」と声を上げてしまう。
結局、席上の耳目を集めることとなり、今度は本当に身を縮めてしまった。

ひとまず「また連絡ください」と電話を切って、ハタと考える。
恐らく奴は、熱が出たことはともかく、シモに異常が出たことを知らせたかったのだろう。
この場合、当然私も無関係であるはずがない。
性病の観点からはもちろん、私が与えた過剰な刺激で発症させた可能性もある。
何より、奴の心情を思えば、その部分に異変を来たしては平静でいられるわけもなく、
そうした因果を疑わずとも、止むに止まれず連絡を寄越すに至ったのかもしれない。



翌日、病院に行った奴から、診断の結果と「今日中に入院します」との連絡が入る。
高熱を下げるための措置らしく、そう説明する奴の声は、
熱のせいだか、急のことに舞い上がっているんだか、素っ頓狂に大声で面食らう。
そのせいで、なんだか案ずる気が殺がれて、心配も程ほどになってしまった。
もっとも、そうなった一番の理由は、深刻な病状でないことを知り、安心したからではあるが。

とはいえ、やはり、その原因が気になって、ネットを検索して回った。
生殖器に係る病気は、我が身も疑わなければならないので気が重い。
その上、性感染症から発症したとすれば、原因は必ずや私にある。
奴が私以外と関係する可能性は限りなくゼロだ。

しかし、その私にあっても、感染する機会に心当たりがない。
もっとも女の場合、潜在していることがあるので楽観できないなぁとか、
でも、この前の検査では異常なかったしなぁなどと、つまりは自分の心配ばかりしてしまった。
結局、奴の精査結果を待とうとか、直近の婦人科検診まで様子を見ようとか、
言い訳がましい結論に縋ったのだけれど。

ひとまず、自分の心配に区切りがつくと、当然考えるのは奴のことばかりだ。
先の電話の様子では、さほど心配することもないと考えた。
入院するにしても、抗生剤を投与しながら一週間ほどと聞けば、病院の名も確めなかった。

しかし、親しい間柄の人間が病気になったわ、入院したわでは、穏やかにはいられない。
アテなく心配するうちに、魔が差すように忌まわしい考えにとらわれてしまう。
例えば予想外の重篤な症状に陥って、あるいは思いがけない事故に見舞われて、
このままになってしまったらどうしよう…とか。

もちろん、そうした考えに襲われる度、ソンナバカナと打ち消すのだが、
またぞろ似たような想像が浮かんで落ち着かない。
気付けば、そんな不毛な葛藤を何度も繰り返していた。



「入院します」と言ったきり、奴からの連絡が途絶えて、日が過ぎる。
当然のこと、こちらから連絡は出来ないし、
臥せったままにあれば仕方のないことと自分をなだめてやり過ごすしかない。

しかし、その一方で、
投薬で解熱しながら電話も出来ないほどの状況なのだろうかと訝しくも思う。
そこから、また考えが悪いほうへ転がって、先日来の不安が頭をもたげては、憂いを呼んだ。

すなわち、奴が病床の上、先日のことは言うに及ばず、ひと月ふた月と遡っては思いを巡らし、
再び私たちの関係や将来に疑問を抱くのではないか。
その上、こんな目に遭えば一層私を恨みに思い、先日の決断を悔やむのではないか。
あるいは、もうすっかり思い直して、今更連絡する義理もなしとせいせいしてるのかもしれない…。

アテない心配が闇雲に不安を増長させ、無節操な取り越し苦労はキリがなかった。



捨て置き五日で「退院します」との報が入り、私は心底胸を撫で下ろした。

正直なところ、奴が無事退院したことよりも、
その連絡をくれたことのほうが、私には意味あることだった。



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