女房様とお呼びっ!
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2002年03月19日(火) 赤い蝋燭とM魚 #3

暗赤色の蝋にまみれ、のたうつ彼の体を見下ろしながら、私もまた、陶然となる。
絶え間なく響く絶叫と苦しげな息吹に煽られて、心拍があがり、内に熱がたぎる。
足許から這い上る彼の性臭と体温が、濃密な気体となって、ねっとりと身を包む。
蝋燭の芳香と蝋液の煤ける匂いに酔い、揺らぐ炎の魔力が、私の中に火をつける。

・・・・・。

自意識の決壊した彼の叫びは、問いかけの形をとりつつも、答えを待ちはしない。
言葉の全てが内に向く。手にした刃で己の腹を抉るが如く、自虐的に喚き散らす。
しかし、その言葉も次第に秩序を失い、切れ切れとなり、悲鳴の中に沈んでいく。
ただ、譫言のように「アツイアツイ」と呻く。まるで、熱病を患った病人のように。

ひとときの錯乱を経て、陶酔を得始めた彼の瞳に、私の姿は映っているだろうか。
声が聞こえているかさえ、疑わしい。けれど、私は声をかけ続ける。モウスグヨ。
既に意識を失調しつつある彼は、のけぞる喉を震わせて、あーあーと答るだけだ。
壊れていく彼。壊していく私。もっとダメになってしまえ。欲望に拍車がかかる。

吐き気にも似た切迫感に苛まれて、私は腰を屈め、彼のあらゆる部分をまさぐる。
蝋の落ちる端から、固まりきらない皮膜を剥ぎ取り、そこへ新たな蝋液を垂らす。
指先が、彼の汗と剥げた蝋屑でぐちゃぐちゃになった海を泳ぐ。狂おしい気持ち。
このまま、皮膚を突き破り、内臓までも握りつぶしたい。猛々しい衝動が走る。

シートに積もる蝋屑は既に累々となり、彼が身を捩るたびに、飛沫のように飛ぶ。
その動きが段々と激しくなり、とうとう、オコリのような震えが彼を襲い始める。
ホラ、クルヨ。そう励まして、息ませる。コノママ、イキナサイ。彼が更に呻く。
意識の果てを目指し、彼の体がビクビクと痙攣する。なおも、蝋は落下し続ける。

・・・・・。

ダメになりたいと願いながらも、彼の自意識は、肉体的な耐性を凌ぐ程に頑強だ。
初めてプレイした時に、私はそれを思い知る。プレイ自体も、不本意に終わった。
「みんな、甘いんですよね」彼の煽りに乗せられて、手持ちの鞭を全て用意した。
四肢をベッドの柱に括りつけ、その背を、皮膚が崩れ、腫れ上がる程打ち据えた。

その体勢のせいもあったのか、彼は絶叫しつつも耐え抜いて、正気を保ち続けた。
ダメになりたい筈なのに、「途中ダメかと思った」なんて感想を吐き、薄く笑った。
多分、この時点で彼は諦めてしまったのだろう。後は殆どプレイにならなかった。
つまり、彼は鞭の痛苦では解放されない。どれ程のたうち、悲鳴を上げようとも。

ただその時に、試す程度に蝋燭を垂らしてみた。と、鞭とは段違いの反応に驚く。
そして、次の機会を得て確信する。彼の自我を飛ばすには、蝋燭しかないのだと。
それ以来、彼とのプレイは、蝋燭がメインだ。他の責めをするのは、ただの前戯。
耐えられる責めを嘆く彼と、耐えられる責めなどしたくない私の利害が一致した。

・・・・・。

引きつるような断末魔を上げざま、ようやく彼が果て、その首ががくりと落ちた。
それを見届けて、蝋燭を消す。今や、掌に収まる程小さくなったそれを脇に置く。
果てたのは彼の方なのに、なぜか、私の動きも緩慢になり、ぼんやりしてしまう。
激しい興奮が収まって、憑き物が落ちたように、穏やかで清らかな気分が訪れる。

陶然としたまま、私はのろのろとショーツを脱ぎ、目の前で崩れる彼の頭を抱く。
かき抱いた腕の中で、彼の呼吸が徐々に戻っていく。暖かく、満ち足りた気持ち。
少し息み、尿道から迸る湯を注ぐ。ふたりの密着した部分が暖かく尿にまみれる。
やがて、その流れは赤く汚れた彼の胴体を洗い、赤黒い蝋屑のぬかるみを作った。


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