女房様とお呼びっ!
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2002年03月16日(土) |
赤い蝋燭とM魚 #1 |
酔っぱらった時しか私に電話出来ない彼は、対面しても、ずっと落ち着きがない。 持参した道具を並べながらも、絶えず自嘲気味に喋る。それが面白くて見ている。 その内に焦れた彼が、ズボンの下に仕込んだストッキングをちらつかせ始める頃、 ようやくプレイが始まる。いそいそと脱衣しながらも、彼は喋り続けるのだけど。
小さなショーツとお揃いのブラ。黒のストッキングが、彼の定番ファッションだ。 ヨーカ堂で買ったとか、場つなぎのお喋りに付き合いながら、胸縄をかけてやる。 薄い胸を縊り出すように縄を絞った瞬間、艶めかしい吐息が漏れ、お喋りが止む。 大人しく手首をとられ、梁から吊られる自分に酔っているのか。暫く口をつぐむ。
体勢が決まると、彼はまた喋り始める。相槌を打つ私は、彼の正面に位置をとる。 柔らかく始まる、愛撫のような鞭打ち。肌が赤らむごと、彼の言葉が間遠になる。 やがて、絞り出すように彼は言う。「そうやって、いつも貴女はボクをダメにする」 彼が必ず吐くこの台詞が、好きだ。「ダメになりたいんでしょ?」そう答えてやる。
・・・・・。
だが、彼がダメになってしまうには、まだ時間がかかることを、私は知っている。 シャイな彼は、簡単に堕ちない。そこに至る葛藤が、その表情をくるくる変える。 次第に強まる鞭の痛みに身悶えながらも、すぐさま愛想笑いを取り戻してしまう。 厄介な、いや、厄介だからこそ、彼のマゾヒズムは私を煽り、欲情を誘うのだ。
彼のマゾヒズムは、自ら持参する蝋燭の数に顕著だ。大概一本しか持ってこない。 浴びる程垂らされたいくせに。やはり、彼の欲望はねじ曲がっている。可笑しい。 その一本に火をつけ、ひとまず彼の口に咥えさせる。「蝋が溜まるまで持ってて」 遂にお喋りを封じられるも、彼の目線は絶えず忙しなく動き、却って雄弁となる。
その目が私を追うのを充分に意識して、彼が持参し忘れた残りの蝋燭を用意する。 拒否と期待と媚びが混然となって、彼の瞳に宿る。M魚らしい、そそる目つきだ。 見せびらかすように、悠長に火を灯しては、彼の両拳にねじ込むように握らせる。 次々と増える炎の魔力。高まる緊迫感。彼は怯えて硬直し、その瞳が次第に濁る。
・・・・・。
塞がれた口から漏れるくぐもった唸り声が、漸くに頃合いが訪れたことを告げる。 「動くと危ないでしょ?」声を掛けながら、最初の一本を、彼の口腔から引き抜く。 間髪入れず、その蝋滴を彼の胸に垂らすと、安堵を含んで、最初の絶叫が弾けた。 「やっぱり、そうなるんですね」この期に及んで、曖昧に笑む彼の顔が痛々しい。
その哀れな口を、再び蝋燭で塞ぐ。代わりに、握りしめていた二本をむしり取る。 両の肩口から胸へかけて、二筋の赤い線を引く。堪える彼の鼻先で、炎が揺らぐ。 二本を片手にまとめ持ち、彼の腹に向けて傾げる。規則的に雫が降り注ぎ始める。 絶え間ない刺激。彼はのけぞり、急速に荒ぶる息遣いが、鼻先の炎を危うくする。
「消えちゃうじゃない?」ライターの石を鳴らすと、彼の目が恐怖に見開かれた。 鼻息で不規則に揺れる炎を吹き消し、新たに火を点け直すと、瞳に動揺が浮かぶ。 その動揺が、僅かに口元をおろそかにし、たっぷりと溜まった蝋が首筋へ流れた。 瞬間、声にならない声が空気を切り裂いて、私の全身もまた、昂ぶりに震えだす。
・・・・・。
既に、彼の声帯は呻くだけのものとなり、私は3本の蝋燭を操り、彼を翻弄する。 蝋滴が赤い堆積を造るや、その端から剥がし取り、また新たな蝋滴を落下させる。 やがて、彼の肌に脂ぎった汗が浮かび、蝋の芳香を凌ぐ程の性臭が立ち上り始め、 これを合図に、私は、火のついたままの蝋燭を脇に退けて、責めを一旦中断する。
安堵の息をつきながら、しかし、彼の目は着々と融けていく蝋に怯えている筈だ。
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