女房様とお呼びっ!
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2001年08月02日(木) トランス


全てが終わった時。
男は立ち上がることすら、出来ませんでした。
四肢の自由を奪った縄が解かれても、なお床に這うしかないのです。

その皮膚に喰らい付き、醜く肉を歪めていた縄目が、
今や、くっきりと赤く浮かび上がっています。
背中を覆い尽くすように垂らされた蝋は、既に冷えて固まり、
あちこちでひび割れ、剥がれた欠片が零れ落ちます。
その欠け落ちた隙間から、幾筋もの鞭の痕がのぞき、
赤黒い斑紋を作って、時間の経過を物語ります。
その髪は乱れ、その口を割っていた布切れが、
ボロのように首に絡み付いています。

そして、
男の身体のあらゆる部分は、あらゆる体液にまみれています。
男が流した汗、涎、鼻水、涙、精液・・・それから、
私の中から迸った物。唾、おしっこ、愛液・・・。
その互いの体液の水溜まりの中に、私もまた、
全身を脱力感に襲われながら、立ち尽くすのでした。



騒がしい戸外から、無音室に入り込んだような、
恐ろしく圧倒的な静寂が、その場を支配していきました。
互いの息使いだけが、段々と緩やかになっていくのが感じられます。

と、その時、男の濡れた身体が少し音を立てました。
たった今まで、何が行われていたのか・・・その残酷な結果が、
床の上を這いずって、私の方へ近寄ろうとしています。
首をもたげる力もなく、男の目に映る私の全ては、
彼の身体と同じく汚れにまみれた、足先です。

それは、ずっと触れたかった、私の身体の一部分。しかし。
責め苛まれて、触れることはおろか、見つめることもままならず。
ある時は凶器に姿を変えて、その望みを裏切り続けた、尊き神体。

やがて、私の足先に、男の熱い息が掛かり、
その唇が触れた瞬間、私の中に震えが起こり、呆然とします。
男もまた、漸く辿り着いた達成感と安堵に朦朧となり、
緩慢な口づけを繰り替えすばかりです。



突如、私達は、言いしれぬ浮遊感に見舞われます。
そして、閃きのままに確信するのです。


『 私達は今つながった・・・!』


互いの心の中に、何かを称えるような悦びが溢れ、
清らかな水に洗われるような、静かで安らかなものが満ちてきました。
白く発光するような気体に包み込まれて、確かに美しい音楽を聞きました。

そうして、私達は、互いの体に触れることなく、
しかし、魂が抱擁しあうような、まごうことない一体感の中で、
ゆるやかに停止した、恍惚の時を過ごすのでした。


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