まぶたに。 耳たぶに。 おでこに。 髪に。
まるで聖者のように、それは巡礼を続ける。
『なぁ、ロミオとジュリエットって読んだことある?』
あたしの問いに、彼は腑抜けた返事をする。
『んん〜・・・・あるような・・・・ないような。』
どっちやねん!と心の中でつっこみつつも、あたしは質問を続けた。
『でも名台詞くらいは知ってるやろ?』
自分にもわかる質問だったので、彼は一段と調子に乗って答えた。
『あーあー、アレやろ!「ロミオさま、あなたはなぜロミオなのっ!?」っていうヤツ!』
可憐なジュリエットの真似をしながら、小首を傾げて感情たっぷりに言う彼。 キモいねん〜(笑)ってつっこみつつも、あたしは続ける。
『そうそう、それやけどさ〜。あたし、ホンマの名台詞は他にあると思うねんな〜。』
含みを持たせた言い方が、彼の琴線に触れたらしく。 彼はへぇ?と不思議そうな顔で聞き返してきた。
『ふぅん?なんなん?他にエエセリフって?』
いいフリだなぁ、って思ってあたしはにやりとしながら言い放つ。
『ジュリエットはツンデレや!』
『つ、つんでれ?それは大きく出たなぁ〜。そりゃまた、どのヘンが??』
『え〜っとな、ロミオがジュリエットのバルコニーまでひそんで来た最初の晩のことねんけど〜・・・あ〜、説明すんの面倒になってきた!もうしようや、ロミジュリごっこ!』
『えぇ!?そんなん上手くできるかなぁ〜??僕覚えてるとこだけでええのん?大体やで?』
『うん、ええよ〜。ほんじゃあ、スタート!!』
二人並んでベッドに腰掛けていたけれど、彼はすっとあたしの足元にひざまずく。
『我が愛しのジュリエット。愚かな私に、どうか聖地巡礼の旅をお許し下さい。』
恭しく、されど厳かに発言する彼を見下ろしながら、あたしは毅然と、されど多分にとまどいとときめきを隠した口調で返す。
『聖地巡礼の旅?』
『ええ、このくちびるで、貴女の全てに。そう願う私を貴女はとても愚かだと思うでしょうか。』
『何をおっしゃいますか!貴方のくちびるですもの。きっとお行儀がいいに決まっているわ。』
『ありがたい!ではまず、そのおみ足に。』
そっと壊れ物に触れるかのような優しさであたしの片足を取り、羽が触れるような軽さでそっと口付けをする、彼。 そのままくちびるは、流れるようにいろんなところへ。
ひざに。 ふくらはぎに。 腿に。 おなかに。 鎖骨に。 腕に。 手の甲に。 掌に。 まぶたに。 耳たぶに。 おでこに。 髪に。
まるで聖者のように、それは巡礼を続ける。 それなのに、肝心なところを残してふと止まるくちびる。
『最後の聖地となりました。私が私のくちびるを以って、貴女のくちびるから洗礼を施されること。女神は、それを許すだろうか。』
真摯な瞳で尋ねる信者に、今更あたしがなんの言葉を持とうというのか。
『そうね、ではあたしは一度だけそれを拒みましょう。けれどそれは貴方様が必ずそれを奪ってくれるという約束がある限り。ね、必ず約束して下さるわね?』
まっすぐ見返したまま、あたしは答えた。
『・・・・うん、そりゃすごい”つんでれ”やなぁ〜(笑)』
さっきまでの真摯さがまるで嘘のように、くしゃっと崩れた笑顔で彼が言う。
『やろぉ〜!?すごいツンデレやねんて、ジュリエットは(笑)』
うまく伝えられることができて大満足なあたしを他所に、彼がボソッと呟いた。
『うちのジュリエットも似たようなモンやけどなぁ・・・・。』
『え?なんて??』
『ん〜ん、なんでもない〜。とにかく僕はしたい時にちゅうすんねん!ほらっ!』
飛びつくようにあたしを捕まえると、息継ぎもできないほどむぎゅう、と押し付けられるくちびる。
『いやー!やめてー!いやいやっ!(笑)』
笑いながら逃げ回るあたしに、笑いながら追いかける彼が言う。
『僕には「もっと〜、もっとして〜」って副音声が聞こえるねん〜(笑) ほら、ちゅうしちゃうぞ〜(笑)』
『きゃーはははは!いや〜!!いやん〜!!(笑)』
大爆笑して逃げ回りながら、でもあたしにはわかっているのだ。
彼は、必ずあたしを捕まえてくれるということを。
そしてさっきよりは少しだけ優しいキスをくれることも。
だから逃げ足をちょっとだけ緩めているあたしがいる。
これぞ平成ジュリエット!って、上手く言いすぎですかね? あたし。
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