2008年10月08日(水) |
人は刹那に夢を見る。 |
時計は21時を指そうとしていた。
夫が、『さ、もう寝る時間だよ!』と子供たちに声をかける。 いまだ遊びに没頭していた子供たちは『え〜!』っと不満そうに声を揃えた。 上の子が言う。
『お父さんとしりとりしたい!』
下の子が木霊する。
『お父さんとしりとりしたい!』
きゃんきゃんと仔犬がまとわり付くように、夫の周りをぐるぐるする子供たち。 それを見越したように夫は答えた。
『うん、じゃあしりとりしよう(笑)ベッドに寝たらスタートだよ。』
その言葉を合図に子供たちが、うきゃあ〜!とベッドへ我先にと走り出す。 ニコニコしながら、その後を付いていく夫。 それを見ながら、子供たちに負けまい、と、何故かライバル意識が燃え滾るあたしは、下の子に寄り添って寝転ぼうとしている夫に横入りをかます。
『お母さん、入ってこないでよ〜!(笑)』
やっとしりとりを覚えた下の子に小突かれながら。 『いいじゃん(笑)さ、しりとりしよう!』とあたしは答える。 子供たちとしりとりする気満々のあたしの頭を、夫は愛しそうに後ろから撫でた。
・・・着信音。
はっと目を覚ますと、あたしは25歳独身で、もちろん自分のベッドの中でひとりだった。
・・・・今のは・・・・?・・・・・
やけにリアルで、でも懐かしくて、涙が出るくらい幸せな、日常のひとこま。 思考は、どちらが夢でどちらが現か、釈然としないままぼんやりとする。 この間見た映画のテーマが携帯から流れ続ける。 激しいギターの、軽快な、音。
・・・あ、彼からのメール。
着信音が途切れたところで、やっと現実とチャンネルがリンクする。 彼から、寝る前の会話の続き・・・返事がきていたけれど、話題の転換などものともせず、あたしはさっき見た夢についてのメールを送信する。 あたし、瞬間的に未来へ飛んでいたかも知れない(笑)、との前置き付きで。
冷静な今ならば、そんなことがメールで送られてきたら困惑する、ということがよくわかる。 それはもちろん、話題が重い、ということや、ある意味でのプレッシャー(狡賢い女が使う遠まわしのプロポーズ要求のような)である、ということや、単純に返答に困窮する、という複数の理由が絡み合っていることは間違いない。 しかし、寝ぼけていた・・・・のか、覚醒していた、のかはわからないが、それが幸いしてとにかく夢と地続きのままで、あたしは雑談のように彼に報告しなくては、と思ったのだ。 そこになんの他意も含まずに。 ただ、昨日見たTV番組のラインナップを説明するかのように。
あっという間に彼からの返信が来る。 軽快なギター音がそれを知らせてくる。 さっきの夢を忘れないように何度も何度も脳内でリロードしていたあたしは、懐かしい幸せに涙が出そうになりながら、メール受信画面を開いた。
『遠い正夢ならいいね(*´∀`*)』
たったひとこと。 けれどこの場面に最もふさわしいと思われるひとこと。 途方もない夢と、まぎれもない今が、『幸せ』という感情ツールでリンクする瞬間。 あぁ、あたしは生きていてもいいんだ、と強く感じる。
ずっとずっと、不安だったのだ。
自分がいつか『母親』にならねばならぬ、という将来が。 いや、『母親にならねばならぬ』と言う決まりはないのだが。 自分がやっとの思いで広いこの世の中から見つけ出した最愛の人の、遺伝子はこの腹から産み落としたい。 たとえ自分がどうなろうとも。 これがあたしの心の奥底でフツフツと沸いているから。 その強い意志(それはもう願望ではなく、確固たる意志なのだ)の裏側で、『つまりはいつか母親にならねばならぬ』という現実に足が竦んでしまっていた。 他人を上手く愛することのできない、このあたしが。 いつか人の子の親になる。 子供の頃のあたしが上手く母親との関係を築けなかったように、あたしの子供もあたしとの関係を上手く築けないで深く静かに絶望してゆくんじゃないか、という底知れぬ恐怖。 出来るはずがない。 上手いモデルケースを、己で体験してこなかったから。 無理だ、不可能だ、最早恐怖だ。 雁字搦めに自分で自分を小さく凝り固めていたのだが。
夢の中で、あたしはあたしのままだった。
今の、25歳の自分とどこが違うのか全くわからないほどに、笑えるほどアイデンティティそのままに思い、行動していた。 夫にべったり甘える子供たちに夫を取られまいとライバル心を燃やし、下の子と夫の間に横入りして寝転んでひっつくタイミングを阻止し(その結果自分は夫にぺっとりとひっついているわけだが)、さらにしりとりでも子らに勝つ気満々で臨もうとしていた。 それに、とっても失望し、逆に安心もしたのだ。
あたしは『お母さん』と呼ばれるようになっても、『あたし』のままでいていいんだ。
少なくとも夢の中で『お父さん』になった彼は、あたしが『あたし』のままでいることを憎らしく思っている様子はなかった。 そうか、子供を生んだからって『お母さん』に即変身しなくてもいいんだ。 っていうか、変身すべきだと思い込んで二の足を踏んでいた『お母さん』って一体なんだったんだ!?
『母性』と言うものにカタチがあるのだとしたら、とてもじゃないがあたしには作り出せる気がしない。 けれど、『子供を愛する』ことに決まりなんてないはずで。 夢の中のあたしは、世間一般が言う『母性』とは程遠いカタチで、それでも二人の子供たちを愛しく、唯一無二の存在だと感じていたし、それを当たり前のように表していたから。
それで、いいんじゃないか。 なんにも不安に思うことなんてなかったんだ。 年齢ごとに呼称が代わったとしても、今までの『あたし』がなくなっちゃうわけじゃないんだ。 そうなんだ、そうなんだ。
もちろん、それには立派に『お父さん』に変身してくれる夫が必要なんだけれど。 少なくとも夢の中の彼は立派に変身していたし。 むしろ、父性に母性を加味した『スーパーお父さん』に変身していた。 それを証拠に、子供たちが『お父さんと!』『お父さんと!』と連呼していたのは、多分寝かし付けが『お父さん』の任務だから。 あたしが『お母さんらしいお母さん』である必要なんて、最初からどこにもなければ、ハナから求められてもいなかったのだ。
まぁ、未来がどうなるかなんて、誰にもわからないけれど。 ぼんやりと寝る態勢で、ここまで考えながらあたしは次の夢を見る。
夢の中に入り込む瞬間、刹那に、さっきの夢の続きでありますように、と願った。
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