ちゃんちゃん☆のショート創作

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春の香は碧 【鳴門】 前編
2015年04月15日(水)

 実は別所にも投稿してあるんですが、こちらにも。いーかげん更新しないと、投稿できなくなるかもしれないし。

 以前UPした「夏の色」及び「いっしょにごはんを食べようか」と、時間枠は一緒と思ってください。ただ、【鳴門】完結後に発表された公式小説の設定を一部使っているので、おそらく色々と矛盾があります。大目に見てください。m(__)m

※一応、念のため。
作中で引用している文章は、清少納言の「枕草子」の一文です。「枕草子」には著作権は発生しませんので、本文の引用自体は著作権違反ではありません。

※タイトルを「はるのかはあお」と読むか、「はるのかはみどり」と読むかは、読者次第です。「木ノ葉の気高き碧い猛獣」なんだから「あお」なのかも知れませんが、言葉的には「みどり」でもいいな、と思ってしまったもので・・・優柔不断でゴメン★

※久々に、長すぎました。前後編になります。

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春の香は碧


 木ノ葉の上層部に命じられ、某国へ逃れようとした抜け忍を『処理』し。

 少しチャクラを消耗した はたけカカシが、開(ひら)けた草むらで大の字になって休憩している時に、それは漂ってきたのだ。
 その、どこか懐かしく感じられる、青い香りが。

 体を起こすのも億劫で、横たわったまま視線を右へずらせば。
 そこにあったのはまだ蕾が開ききっていない、フキノトウの群生。


 ───そうか。もうこんな季節だったんだな・・・。


 ふと、同期で自称・ライバル、マイト・ガイの明るい笑顔が脳裏に蘇り、カカシは静かに目を閉じた。





 確かあれは1年前のこと。
 いつも通っている飯屋が臨時休業で、カカシがすきっ腹を抱えて夜の街を歩いていた時に、ちょうど任務明けだと言うガイに出くわした。


「空腹中に勝負しても、そんなのホントの勝負じゃないデショ?」


 相も変わらずけしかけられる恒例行事を、そう言ってかわし。ほとんど話のついでに聞いたのだ。どこか良い雰囲気の食堂はないか、と。
 すると、やはり今晩は外食予定だったガイから、有力情報が与えられたのだ。


「だったら、今から俺の行きつけの居酒屋へ一緒にどうだ? ご馳走と言うほどのものは出さないが、馴染める店だぞ」


 空腹に耐えかね、そう誘われるままについて行ったカカシだったが、店の暖簾をくぐったところで我に返る。
 ガイの行きつけなのだから、彼のような血の気の多い男たちばかりが、集う場所なのではないのか?


 ───疲れてる時に、熱血はゴメンなんだけど。


 カカシは若干及び腰になったが、そこそこ繁盛している店らしくカウンターしか席は残っておらず、渋々座ったそこで、店の主に引き合わせられた。


 元・忍だと言う店主は、自分たちとそう変わらない齢で、浅黒く日に焼けた男のくせに、わざとらしい女言葉を使う人物だった。何でも、特にソッチの気があるわけではないのだが、柔らかいこの口調の方が変にトラブルを招かなくて、便利らしい。

 とりあえず食べられるものを。
 いくつか料理を頼んで一息ついた頃、そう言えば、と、その店主がガイに話しかけた。


「ねえねえガイちゃん、もう春でしょ? 材料揃えてあるから、例のもの作ってくれなあい?」
「・・・例のもの?」
「またか? いい加減、作り方覚えたらどうなんだ。教えただろう」
「でもお、やっぱりガイちゃんの作ったものの方が、評判イイんだってばあ。アタシが作っても、どこか味が違うのよ。ね? 今晩もビール1杯、お礼に奢っちゃうし。そっちのお兄さんの分も、サービスするわよおん」
「何かよく分かんないけど、ガイくーん、俺にビール奢ってv」
「カカシ、お前な・・・。しょうがない、今日だけだぞ?」
「とか何とか言っても、毎年1回は作ってくれるんだから。すっかりウチの風物詩よねえ」
「勝手に決めるな。ったく、今度はバイト料とってやろうか・・・」


 おそらくは毎年、繰り返されているやり取りなのだろう。押し切られる風を装いつつも、どこか面映い表情のガイは、慣れた手つきで店のエプロンを身に着けた。

 そうして、興味津々のカカシの目の前でガイが作ったのが、フキノトウの焼き味噌、だったのだ。

 ミキサーも何も使わず、洗ったフキノトウをまな板の上で荒いみじん切りにし、味噌と食用油と酒を適度に合わせ、そのまま包丁でたたく。
 その間に店主がいそいそと、浅く広い皿にアルミホイルを覆うように敷き、その上に薄く食用油を塗り始めた。
 そうして手渡された土台に、ガイが左官よろしく、包丁をこてに見立てて、フキノトウ入り味噌をざっと載せる。・・・一見無造作だが、何かしらコツみたいなものはあるのだろう、という雰囲気で、均等な厚さに。


「ふんふんふ〜ん♪」


 一方店主は、と言えば、いつの間にかアルミホイルを敷いた平たいフライパンを用意し、皿と同様表面に食用油を塗った上で火をつけ、炙っている。鼻歌交じりに。
 その上にガイが、慎重な手つきで味噌を下にして皿を置くと、味噌とフキノトウの香りがたちまち、店内へと漂い始めた。

 不意に、カカシの口をついて出た言葉がある。


「蓬の車に押しひしがれたりけるが、輪の廻りたるに、
近う うちかかへたるもをかし・・・」

(清少納言 枕草子「五月ばかりなどに」より)


「・・・よもぎ? 何だ、呪文か? それは?」
「呪文って、あのね★」
「聞き覚えがあるわ。確か・・・木ノ葉に良く似て四季がある『和』の国の、むかしむかーしの有名な作家が書いたって随筆、だったかしら?」
「よく知ってるねえ。アカデミーでも習わないのに、これ」


 アカデミーでも教えていないものを覚えているとは、二人とも随分酔狂だな。

 そう言わんばかりのガイをよそに、店主とカカシの会話が弾む。


「知り合いに、老舗和菓子屋がいるから。今の季節によく蓬餅を作るんだけど、よく引き合いにこの言葉を口にするのよ」
「ああ、なるほど」
「・・・で、どういう意味なんだ? カカシ」
「牛車に押し潰された際に漂ってくる、蓬の香りが趣があって好ましい、って意味。
ほら、蓬も独特の香りがするデショ? フキノトウの香り嗅いでたら、思い出しちゃって。
多分フキノトウも、牛車に踏まれたら今みたいな香りするんだろうねえ」


 むろん、その時はこれほど香ばしくはないのだろうが、それはそれで風流があるに違いない。
 が、店主の方は随分と現実的な意見を述べた。


「あら、牛車が通るような道なんだから、フキノトウみたいな凸凹する草なんかは、真っ先に引っこ抜かれそうだけど。あるいは、踏み固められちゃって生えてこないとか」
「あー、そうかも。車輪が引っかかっちゃうか。風情も何もないねー」
「だが、蓬なんぞ一年中見かけるぞ? どうして今の季節に、蓬餅なんだ?」
「・・・蓬が一年中生えてるの、よく知ってたねガイ」
「カカシ、それは俺が情緒を理解せん、と言う意味か? 俺は木ノ葉一、風情を愛する男だぞ! 花粉症だし。それに蓬なら、修行場によく生えてるじゃないか」
「イヤ、花粉症と風情は別問題だし★」
「確か、今の季節の葉の方が、柔らかくていい香りがする・・・んだったかしらあ? ゴメンなさいねえ、忘れちゃったわ。
それよりほらほら、手が止まっちゃってるわよ、ガイちゃん。次、次」


 変に薀蓄披露になる前に、店主がそれとなく話を打ち切った。・・・それなりに空気を読む人物らしい。でなければ、サービス業は務まらないだろうが。
 いくら今は手元が忙しいとは言え、このまま話に加われないとなると、何だかんだで構いたがりで構われたがりのガイが、不愉快になるのは目に見える。

 幸いにも、二人の心遣いを知らぬまま、店主と雑談を交えながらもガイは、同じような焼き物を5つばかりこしらえた。


 どんだけ大量のフキノトウが用意されていたんだ、一体。
 ってか、仮にも客のガイに、どんだけ料理させてるんだろ、図々しくないか?


 思わずあきれていたカカシだったが、ふと第三者『たち』の視線がこちらに集まっていることに、そっと周囲を見やる。

 先刻から気づいてはいたが放置していたのは、特に害がないものだと分かりきっていたから。だが改めて観察すると、店内の客が皆、フキノトウの香りを楽しんでいるのが分かり、目を瞬かせた。
 そして、食事をしようと新たに店へ入って来た客も、店内に満ち溢れている春の香りで一瞬、戸口で足を止めるのも伺えた。

 忍も一般人も、店にいる客は皆、どこか無防備な表情を浮かべている。それも、ひどく嬉しそうに。
 それは決して、カカシにとっても悪い気分ではなかった。


「何も、春の香りは桜、ばっかりじゃないんだねえ・・・」
「当たり前だ」


 どうやら後は焼けるのを待つだけ、になったと見えて、ガイがカカシの傍らに戻って来た。


「どちらかと言えば空を見上げるより、地べたばかり睨みつけていた方だからな、俺は。フキノトウやら蓬の方が、樹の上の花よりも、春の香りという意味では馴染みがあるぞ」
「それも修行場での話?」
「おう、修行場で良く見かけたな。だが、桜餅もあれはあれで好きだぞ。うまいし」
「・・・奢らないからね、俺」
「ケチ」


 思えば、カカシに勝負を挑んでは負け、修行中にも失敗や挫折を繰り返してきた男だ。地に伏し、悔しさで涙を流している時、同じ目線に生えていた草木に、親近感を抱いていたのかもしれない。

 自分もこいつら同様、踏まれても吹きさらされても、枯れたりはしてないぞ、と。

 ───それにしたって。


「カレーなら分かるんだけどね・・・」
「ん? 何がだ?」
「イヤ、お前がカレー好きで、カレーを得意料理にしてるのは知ってるよ。けど、フキノトウ味噌、なんて季節を感じられるものにも心得がある、ってのはちょっと意外だなあって」
「失礼な。俺は風情を愛する男だ。さっきも言ったはずだぞ?
それに、これは父さん直伝なんだ。この季節になるとよく、酒のつまみに作っていたからな。以前任務で農家の手伝いをした時に、ついでに教わったと言ってたような・・・今じゃ、俺の好物だ」
「・・・ホント、仲がよかったんだね、ガイたち親子って」


 知らず知らず、口調が僻みがちなカカシである。
 が、人の感情にも案外敏感なガイは、不思議そうに眉をしかめた。


「何を言ってるんだ、カカシ。お前もサクモさんと仲がよかっただろう。
さっきの・・・ええと、蓬が何とか、なんて話、サクモさんの趣味関係だったんじゃないのか? そもそも、忍に不必要なものには興味を示さんお前だ。でなきゃ、諳んじられるはずもないだろうが、そんなもん」
「・・・・・・・!」


 思いもよらぬことを言われて、カカシはとっさに返事が出来なかった。

 確かに、サクモがまだ生きていた頃、他の国の文学について色々と教わった覚えがある。

 繊細な父は情緒豊かで、忍の心得以外にも、いろんなことを知っていた。文学もその一つで、きっと彼はそれで不遇な立場を慰めていたのだろう。
 しかもカカシ自身が、無意識のうちに諳んじることが出来るぐらいに。

 ガイから言われるまでその事実に気づけなかった一方で、ガイの方は気づいていたと言うことに、カカシは若干ショックを受けていた。
 とは言え、それを素直に表現できるような年齢を、彼はとっくに通り越している。


「・・・そんなことな〜いよお。イチャイチャパラダイス大好きだし〜」
「サクモさんが草葉の陰で泣いてるぞ・・・っと、来た来た」
「お待たせえ〜v サービスのビール2人前と、フキノトウの焼き味噌よおんvv」
「ふーん、結構いい香りだねえ。
ンじゃ、ガイの尊い労働力に、敬意を表して」
「お互いこの季節を無事に迎えることが出来た、幸運に」


 カツン、とジョッキを軽く合わせてから、カカシもガイも自分の杯を同時に空けた。

 一仕事終えた後のビールがうまい、と喜んでいるガイを尻目に、早速フキノトウの焼き味噌にカカシは箸をつける。
 苦味と、塩辛さと、春の独特な香りに、知らず知らず顔がほころぶのだった・・・。





 そもそも、好んでは山菜を口にしないカカシがフキノトウを食べたのは、あれきりになる。
 あの居酒屋にも、それから足を運んだことはない。料理はそれなりにうまかったし、値段も手ごろ、雰囲気も嫌いではなかったにも、かかわらず。

 ただ、一度きりで印象が強かったのか。そばに生えているフキノトウを見た途端、あの日の風景が一気に甦って来て、カカシを妙に落ち着かない気分にさせた。


『蕾が開ききらない方が、フキノトウはうまいんだぞ』


 酔って饒舌になった口で、そう偉そうに言っていたガイの声音すら、呼び起こされて。見れば傍らのフキノトウは、おあつらえ向きに蕾が閉じたままだ。

 チャクラが回復したところでカカシは体を起こし、そっとフキノトウに手を伸ばしかけて・・・。


「・・・っ・・・」


 自分の指先に、浅黒いものが付着していることに気づき、動作を止めた。


 周囲の穏やかさと、フキノトウへの感慨につられて忘れかけていたが、カカシは先刻、抜け忍を『処理』したところだったのだ。

 グッ、と拳を硬く握り締め、目を閉じる。
 この手で、香り高き若葉を摘み取ってはいけない、と言う思いに囚われたから。

 何をきれいごとを、とあざ笑う別の自分がいる。だが、血にまみれたこの手で集めたものを渡しても、ガイは喜ばないような気がした。

 別に、ガイを神聖化するつもりはない。どころか、彼だって血生臭い殲滅戦に赴いたことすらある。他ならぬカカシが、その見届け人として同行し、その見事なまでの徹底振りに、戦慄したぐらいだ。

 けれど・・・。

 ふとそこでカカシは、ガイに焼き味噌の調理をせがんだ居酒屋を思い出し、急にいたたまれない心境に陥る。
 そして、すぐに帰郷しなければ、と言う奇妙な義務感に襲われ、休憩もそこそこにその場を後にした。


 ───ひょっとして・・・・。






■続く■




その扉を開くのは(前編)【鳴門】
2014年10月06日(月)

カカシ視点。未来捏造


※これは以前発表した「追憶」の続きに当たります。

※ち☆ は単行本で原作の流れ追ってます。WJは運の良い週しか立ち読み(こら★)出来ません。しかも単行本も、ガイ先生メインの巻ばかり揃えているため(しかもコンプリートしてないと見た★)、知識が著しく偏ってます(ーー;;;)当然二次創作の内容も、ガイメインです。

※かなり以前に思いついた構想を元に、話を作ってます。未来予想と言うよりは未来捏造の部類になります。間違いなく。「原作と全然違うじゃねーか!」というお叱りはごもっともですが、あえてそれを承知で書いてます。閲覧される方も、それを十分認識した上でよろしくお願いします。・・・ってか、自分の好きなように書くのが、二次創作の醍醐味ですよね?

 以上のことに、少しでも引っ掛かりがあるようでしたら、読むのはご遠慮ください。
 ここから先は自己責任の世界です。



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 思えば、自分の周囲が静かなのは、下手をすれば任務中だけだったとか? と、今頃になって気づくカカシだ。

 担当上忍になってから───特にナルトたちを受け持ってからは、日常的に騒がしかったし。

 もっとさかのぼれば、『彼』と知り合ってからこのかた、ほぼ毎日と言っていいほど五月蝿かった記憶もある。

 むろん、『彼』がいかにタフだとは言え体はひとつきりだから、自分の生徒につきっきりの期間は姿を現さなかった。が、それと入れ替わるようにしてカカシも、生徒を受け持つこととなって。
 当然、生意気盛りの子供らが大人しくしているわけもないから、騒々しいのが当たり前の日々がずっと続いていた。

 だから、カカシのテンションの低さとは裏腹に周りがやかましい、という境遇に、不本意ながら慣れてしまっていた部分がある。

 それだけに。
 里内がこうも不自然なくらいに静かなのは、落ち着かない。

 ───五月蝿い五月蝿い、と辟易はしていたものの。
 自分が望んでいたのは、こんな時間だったのだろうか・・・?



「カッカシせんせー、元気になったかってばよ」
「このウスラトンカチ、元気じゃねえから入院してるんだろうが」
「ちょ、ちょっとナルト、サスケくん、ここ病室だから静かに、ね?」


 今日も今日とて、カカシのところへ元祖・第7班が見舞いに訪れる。

 あの悪夢のような戦争が終結した直後、彼らが慕うはたけカカシは疲労とチャクラ及び体力不足で、ただちに病院へと担ぎ込まれたのだ。幸い、ナルトが自分のチャクラを分け与え、サクラも得意の医療忍術を発揮したため、大事には至らずに済んだが。

 彼らの、今となっては微笑ましいレベルの諍いに顔をほころばせ、カカシは生徒たちに答える。


「だいじょーぶだよ。もうじき退院して後は様子見の通院、ってことになりそうだ。この大変な時期に、倒れちゃってゴメンね」
「そんなことありませんよ。今きちんと治しておかないと、長引いちゃいますから。
その代わり、完治したらこき使うから、って、火影様からの伝言です」
「うわ〜、やぶ蛇〜」
「・・・鬼だな・・・」
「ばあちゃんてば、相変わらず人使い荒い・・・」


 綱手の暴挙? にひとしきりの感想が挙げられたあと、唐突に間が空く。
 しばしの間、三人が無言のまま目と目で合図をかわしてから、ナルトが代表するかのようにおずおずと、カカシに問いかけた。


「・・・と、ところでさ・・・ゲキマユ先生ってば、まだ、目が覚めないのか?」


 ───自分を見舞う客が、必ず口にする質問。
 カカシはその言葉も、それに返すしかない決まりきった文句も、正直言って苦手である。

 かと言って、沈黙したままで許されるわけもない。だからしょうがないな、と言わんばかりの呑気さを装って、答えるカカシだ。


「まだだよ。
ホントにね、寝つきも目覚めもいいはずなのに、いつまで寝とぼけてるんだろうね〜、ガイの奴」

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 ナルトの言うところの『ゲキマユ先生』こと、カカシの同期でもあるマイト・ガイは、戦争終結後意識不明となり、未だにベッドにつながれている。

 それもある意味、無理はない。
 彼はあの うちはマダラ相手に体術一本で立ち向かい、八門遁甲の陣『夜ガイ』まで繰り出して奮戦したものの、叶わず。挙句、無理矢理リミッターを外したせいでそれを閉じる手立てがないまま、チャクラを枯渇させて危うく死ぬところだったのだ。

 運良く、その後駆けつけたナルトが、当人曰く『うまく説明できない』方法でチャクラの流出を止めるのに成功し、何とか助かった───はず、だった。

 だがまさか───ガイが満身創痍の身に鞭打って行方をくらます、などという無茶を自らの意思で行なおうとは、一体誰が想像できただろうか。


 あの日、真っ先に異変に気づいたのは、近日中に暗部へ所属されることが決まっている、うちはサスケだった。
 ナルトやサクラと久方ぶりの、口論と言う名のコミュニケーションをとっていた時、不意に眉をひそめたかと思うと、カカシに詰め寄ったのだ。


『おい、カカシ。ガイ・・・先生はどこへ行った? さっきまではその辺に、リーたちと一緒にいたはずだろう?』


 ───その言葉の深刻さに、誰もがすぐには気づけなかった。

 オーバーアクションと騒々しさから皆がいつもは忘れているが、ガイは上忍にまで上り詰めた叩き上げの実力者。その気になれば一瞬で、姿を消すぐらい造作もない。

 ただし───それは、体が万全であれば、の話。今、そんな馬鹿な真似をすれば、治る怪我も治らないではないか・・・!

 一同騒然となる中、白眼で探そうとするヒナタをとっさに押しとどめ、カカシは思い当たる場所へと一気に駆けつけた。
 そして見つけたのだ。木ノ葉の里の外れ、墓地の一角で倒れているガイの姿を。

 彼は既に意識を失っていて、カカシが声をかけても、その後駆けつけたリーたちが呼びかけても、目を開けることなく───今に至る。


『何故、こんな馬鹿なことを・・・』


 その後カカシも極度の疲労で昏倒したので、状況は又聞きでしか知らない。
 ただ、ガイの治療に当たった医療班が、口々に言っていたらしい。「こんな体でよく、あんな遠くまで移動できたものだ」と。
 そして更に口をそろえて、「下手に動けばこうなることは、本人が一番良く分かっていたはずなのに、どうして」とも診断されていたようだ。

 カカシにもその理由は分からなかった。第一、あの時ガイに何かあれば、そばにいた一番弟子のリーが自分を責めて悔いることなど、彼が知らないはずもなかろうに、と。

 ・・・現に今、まさにそうなっているし。


 その認識が若干変化したのは、こちらも怪我をして療養中だった火影・綱手に再会してからだ。
 部下の様子を見に訪れた彼女は、ガイも見舞った帰りだと告げ、その病状について教えてくれた。


『リーたちにも言ったのだがな。今のガイの治療は正直、芳しくない。体があちこちガタが来ているし、よしんば起き上がれるようになったとしても・・・おそらくもう、忍として働くのは不可能だろう』
『やはり・・・そうですか』
『中忍試験の際のリーの怪我もひどかったが、今回のは比べものにならないぐらいだ。多分、手術すら出来る状態じゃない。
・・・本人はこうなる可能性を、初めから分かっていた筈だがな』
『自分の体は自分が良く分かっている、って奴ですね』
『ああ。だが、こう言う言い方はマズいのだろうが、今のまま眠っていた方が本人にとっては幸いなのかも知れんな。あいつが忍をやめるなど、想像すら出来ない』
『・・・俺もです』
『あるいは・・・ガイがあんな無茶をやらかしたのは、己の忍としての寿命を認めたくなかったからかも、知れんな。自分はまだ動けるのだ、と証明したくて、けれど出来ずに倒れた・・・と言ったところか。
もっともそうなると、今度はどうして自分の父親の墓前へ赴いたのかの、見当がつかないがな』
『・・・・・・・』


 ガイが元気なら、前向きな性格そのままに『そんなことはない!!』と断固否定しただろう。
 が、当の本人は未だに意識が戻らない。そう、本当に現実逃避をしているかのごとく。

 ───これではまるっきり、話に聞いた『無限月読』だ。
 幸せな夢ばかりを見せられて、いつまでもその世界が続けばと願い、ずっと閉じこもっているようで・・・。


 もしそうなのなら、今頃ガイはどんな夢を見ているのだろう。

 カカシが見る限り、ガイはいつも意欲的で、彼曰くところの『青春』を謳歌していたはずだ。だから逆に、彼にとっての『繰り返し味わいたい幸せな夢』が何なのか、全く思い当たらない。

 むろん、長い忍人生の間、苦汁を舐めたことも数え切れないはず。だが、少なくとも任務以外の時には、辛そうな姿など見せたことがなかった。ある意味、強がりの格好付けだから。


 ・・・いや。
 そういえば、彼らしからぬ表情を浮かべていたことが、ほんの一時期だけカカシにも、覚えがある。

 あれは忘れもしない、ガイの父親・ダイが亡くなった頃だった・・・。

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「ねえ、カカシ。まだガイの奴、目を覚まさないの?」


 翌日。
 赤ん坊の定期診察のついでにと、カカシの元を訪れた同僚の夕日紅が開口一番、そう聞いて来た。

 あまりの不躾さに、返す言葉も自然、棘のあるものとなる。


「・・・あのね。何いきなり、本題に入ってくるの、紅。あのナルトでさえ、一応は俺の体調心配してから、聞く気配りあるんだよ?」
「あんたの体調なんて、見れば分かるじゃない。口が利けるし・・・それも図々しい口が。体も起こせるし。悪いけど、元気そのもののあんたの心配してる暇なんてないわ」
「あ、そ」


 彼女の長所は、失礼ながら女性らしからぬサバサバしたところだと、カカシは思っている。今回もそれは有効なのか、単刀直入に疑問をぶつけたようで。

 さすがに彼女の前では、カカシも漏れるため息を隠すこともせず、答えることにした。


「今のところ、その兆しはないみたいだね。
俺もあれから会えてないから、詳しくは知らないんだけど」


 実は、ガイがこの病院に担ぎ込まれてから、諸事情により面会謝絶になっている。どころか、彼が意識不明になっていること自体、伏せられている状況だ。
 もっとも、既に身内がこの世にいない身なので、例外的にガイ班の生徒たちは会うのを許されている。
 時々カカシは、廊下で彼らとすれ違うことがあるが、表情から察するに経過はよろしくないらしい。


「あたしはあいにく、倒れてからのあいつの顔を見てないんだけど・・・そんなにひどい怪我なわけ?」
「・・・少なくとも、あんまり思い出したくないくらいに、ひどいよ。
何なら、あいつのチャクラが尽きかけた時の状況、懇切丁寧に実況しようか?」
「やめて。気を悪くさせたのなら謝るから、八つ当たりしないでよ」


 ひどいおじさんよね〜、お母さんいじめるんだから〜。

 そう、腕の中の赤ん坊につぶやくことで、紅はカカシの怒気をそぐ。


「・・・ゴメン、カカシ。けど、体力バカで健康優良児そのもののあいつがベッドから起き上がれないなんて、全然実感沸かないの。だから、つい」
「だろうね。けど事実だよ。
あいつはマダラ相手に体術一本で向かって行ったから、その反動も直接的だったのは仕方ないってところさ。それは分かる」


 そこでカカシは一旦、遠慮の欠片もなく長嘆息をついて俯いた。


「・・・俺が分からないのは、皆が心配するのが分かっているのに、あいつはどうしてあの体に鞭打っていなくなる、なんて無茶をやらかしたか・・・だよ」


 火影はああ言ったが、正直なところカカシは彼女の説には否定的だ。

 ガイは叩き上げなだけあって、人の生き死に、戦力の有効無効については恐ろしくシビアなのだから。たとえ自分に対しても、もし忍としての寿命が尽きたと知れば、きちんと受け入れるに違いなく。

 それならむしろ、長らく墓参りをしていない父親に会いに行った、と言われた方がまだ納得だ。ただ、何もあんな体調の時じゃなくても、との疑問は残るが。


 ───そこでカカシは、てっきり自論をぶち上げると思っていた紅が、やけに静かなのに気づき、顔を上げた。

 果たして彼女は、眉をひそめたまま、まっすぐカカシを見つめていた。


「・・・・・・何?」
「ちょっと驚いてるの。まさかカカシから、そんな言葉が聞けるとは思わなかったから」
「そんな言葉?」
「皆が心配するのが分かっているのに、無茶をやらかした、ってくだり」
「・・・・・・言いたいことがあるんだったら、言えばいいじゃない、この際」


 何か含むことがある表情を向けられ、カカシはいらだたしげにそう返す。
 すると紅は、そうね、と呟いてから、同僚の要望に応えた。


「さっきの言葉、そのまんまあんたに返してあげるわ、カカシ」
「え」
「少なくとも暗部時代のあんたは、あたしたち・・・あたしやアスマやガイの心配をよそに、結構・・・じゃないわね、相当、やり過ぎなんじゃないかってくらい、無茶やらかしてたわ。正直あたしは、あんたが死に急いでるんじゃないか、って思ってた」


 責める口調ではない。むしろ、昔を懐かしむように言われたからか、カカシの脳裏にいきなり、暗部時代の光景が蘇る。


「・・・ゴメン。
今更こんなこと言えた義理じゃないけど、紅たちが心配してくれてるのは、分かってた」
「あのね、カカシ。あたしたちだって、あんたが世間で言われるような冷血じゃないことぐらい、知ってたわよ。でもね、あたしたちの気持ちがちゃんと届いてるよ、ってあんたが反応示してくれなきゃ、そんなの、届いてないと同じなの。
・・・今のガイみたいに、ね」


 すい、と顔をそむけた紅の視線の延長上にあるのは、おそらくはガイが寝かされている病室。


「心配してたのに、あんたが知らん顔し続けるから、そのうちあたしも気持ちが折れちゃって。どうしようもない、って諦めちゃったっけ」
「・・・・・・」
「けど、あいつは、ガイは違ったわよね。こっちがあきれ返るほど、あんたのこと執拗に追い回してたから。何だかんだ言いながら、あんたもガイには向き合ってたから、内心ホッとしたのよ」
「いい加減な受け答えしようもんなら、もっとこじれるからね、ガイの場合」


 そう。どんなに冷たくあしらおうが、突き放そうが、あの暑苦しいまでの執念で噛り付き、何らかの返事をもらうまで決して引き下がらなかった。


『カカシ、勝負だ!!』


 そんな言葉と共に───。


「・・・まあ、あんたもこうやってガイに袖にされてることで、あの頃のあたしたちのもどかしさが、少しは分かったでしょ?」


 ちょっとだけ鼻声となった紅の呟きに、カカシは再び現実の世界へと戻ってくる。


「それが分かったんなら、これからせいぜい素直にしてよね? それこそ、ガイが気持ち悪がるぐらいにさ。あたしそれを見て、あんたたちをいい笑いものにするの、楽しみにしてるんだから」


 言いたいことが言えてすっきりしたのだろう。紅は先ほどとは打って変わって晴れやかな表情で、カカシに笑いかけてきた。

 だが、カカシの、冷静な忍としてのの頭脳が、今の話を前向きには解釈できずにいる。


「・・・そう、出来ればいいのは山々なんだけどね。そんな悠長なこと言っていられる時間が、果たしてガイに残ってるのかな・・・?」
「え・・・?」


 カカシの危惧は翌日、火影がわざわざ病室へ訪ねてきたことで、的中することとなる。

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「忙しいところを呼び出してすまない。リー。テンテン」


 その日。
 火影が来るのと前後して、第3班のリーとテンテンも、カカシの病室へ押しかけた。どうやら火影が2人を呼び出したらしい。

 わざわざ自分の病室を待ち合わせ場所にした理由は、何となくカカシも見当がついていた。が、一番火影が話したかったであろうリー当人たちは、不安と期待の混ざった表情で立ちすくんでいる。

 とりあえず座った方が、とカカシがすすめた椅子も、ここでは最上位の火影が立ったままなので、他の誰も使わないままだ。何より、苦渋を隠しきれない彼女の空気が、腰掛けることを躊躇わせる。


 彼女は、巻物を一つ持参していて、リー、テンテン、そしてカカシから集まる視点から目を逸らすためのように、それを静かに広げた。


「・・・実はな。この戦争が始まる前、自分にもしものことがあった時のために、と、ガイは遺書を遺していたんだ」
「遺書、って・・・」
「ガイ先生はまだ亡くなっていません! そんな言い方はしないでください!」


 火影の言葉の意味を、テンテンはまだ飲み込めていないらしい。そしてリーはと言えば、『遺書』と言う言葉に過剰反応した。


「まあまあ、2人とも。例え本人が生きていようとどうだろうと、万が一亡くなった時のために遺すのが遺書、ってもんだ。揚げ足取りみたいなことはどうか、と思うよ?」


 まさか年少者を宥めさせるためにここを待ち合わせ場所にしたんでもあるまいに、と思いつつも、カカシは分別のある言葉でリーたちをなだめる。
 元々礼儀正しいリーではあるから、すぐに自分の失言に気づいた。即座に「スミマセン」と頭を下げるのを、火影は力なくかぶりを振ることで許す。


「イヤ、お前らの気持ちは分かる。だが、もう残された時間が少ないのでな。もったいぶる事も出来ないが、気を悪くしないでくれ」


 ───やはり、か。

 こんな形で、自分の推測が当たって欲しくはなかったものだ、とカカシは口布の下で密かに、唇をかむ。


「この遺書は、ガイが、自分にもしものことがあった時のために、と託されたものだ。今から読み上げるから、よく聞いてくれ」


 そうして火影は、固唾を呑んで見守る一同の前で、静かに言葉をつむぎだす。


「わたくし、不肖 マイト・ガイが10日以上意識を取り戻さず、
なおかつ、意識を取り戻す手立ても可能性もない場合。
あるいは、戦闘中等に死亡が確認された場合。
以下のことを執り行ってくださるよう、切に願います。

 わたくしの身体を、骨の一本も、
内臓のひとかけらも残さぬよう、
全て火葬して灰にしてください」



 ───これ以上ない重苦しい衝動が、病室にいる人間全てを襲った・・・。



◆続く◆

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※別所にて、「ガイ先生が無限月読に巻き込まれていなかったら」と言う特殊条件の話を発表したんですが、実はこちらの方が先に思いついた話です。
 大元は一緒だったんですよ。いつの間にかカカシも知らないうちにガイが居なくなった、って前提は。けど、向こうはカカガイ前提なのと、いなくなった理由がリーを助けるためだった、ってこともあり、全く違う話になっちゃいましたが。当然、書きたいことも全然違うんだな。

 尚、ガイ先生が行方不明になった理由は、前作の「追憶」でガイ先生自ら語ってくれましたが、さすがに他人であるカカシたちはそう言った事情は全く、分かってません。いくら察しのいいカカシでも、ガイの行動のすべての理由を分かっているはずはないんだということを、表したかったんです。まあだからこそ、言葉を交わして理解しあおうとするんでしょうし。

 ちなみに、サスケがガイの不在に気づいたのは、初対面の頃のデ・ジャヴを感じていたから。ガイ先生初登場の頃の「俺はカカシより強いよ」のアレで、目に見えてたはずなのにいなくなっていた状況と同じだったから、だったりします。あの時と同じで、サスケもガイ先生に一目置いてくれてたらいいんだけど・・・最近の原作、ガイ先生欠片も出て来やしねえ・・・★

 さて・・・これから後編書くんだよな・・・約一ヶ月かかってるんだよな、今回の話書くだけでも。一体どれだけの執筆期間になるんだろお・・・(ーー;;;)





業務? 連絡(や●いSS、別所にUP)
2014年09月22日(月)

 かねてから言っていたように、こことは別のところへ【鳴門】小説を掲載することとなりました。なんでかっっーと、ぶっちゃけ や●い だから。

 が、まだこの作品をこちらとは別にした最大の理由「おとこどーしのきっちゅ」にはまだ到達してません。あまりにも長くて、前後編に分ける羽目になったせいです(ーー;;;)別に何もやらかしてないのに、何でこんなに長引いたんだ・・・。

 と言うわけで、下に別所の場所を書いておきます。リンクは貼らないので、コピペでどうぞ。ちなみに今回の小説のタイトルは「螺旋覚睡」です。ど! シリアスです!!


http://pixiv.me/chanx2


 尚こちらには、以前こちらへ夏休み中に投稿した「夏の色」も発表しました。こちらへのコマーシャルをしたい、ていうのともう一つ。

 盗作予防も兼ねてます。

 この日記の最初辺りに書きましたが、どんなにマイナーなジャンルでも、盗作される時はされるんですよ。でもそれに手をこまねいていてもなあ、と思い、せめて多くの人の目に触れやすいところにも発表してやろう、と決意した次第です。

 あちらに小説を投稿するからと言って、こちらをやめるつもりはありません。こちらは老若男女OKの小説オンリーですので。


色々連絡【鳴門】
2014年09月16日(火)


 昨日はカカシ先生の誕生日だったんですねー(T_T)
 直前にそのことに気づいたんだけど、旅行中だったためもあり何も祝えずじまい。ごめんね、カカシ先生。

 ところで、こちらに投稿するSSを今コツコツ執筆中なんですが、それとは別に、不意に思いついたSSがありましてー。それがいわゆる や●い になりそーなんです。別に年齢制限とかはありませんけどね。

 で、こちらは老若男女OKとした手前、別のところでアップしたいな、と思ってます。ジャンル? としてはいちおー カカガイ。原作寄り・・・ってことになるのかな?
 とは言え、友情か愛情か微妙な上に、わざわざこちらを避けて投稿するのが、

「おとこどーしのきっちゅがあるから」

が理由だったり。しかも色気もくそもねえ★ 多大な期待は禁止でありますよん。

 まだ構想段階ですが、これだけはせめて発表したいなーと考えてます。

 どこへ発表するかは、そのうちこちらにカキコしますので、要チェックv



夏の色【鳴門】
2014年08月29日(金)

ガイ班、ネジ視点

※「みんなでごはんを食べようか」と世界観が繋がってます。時間的には「みんなで〜」の前に当たります。ネジもまだ中忍になったばかり。


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 カシャン。


「あーっ、落ちちゃった」
「テンテン、危ないから触るな。手を切るぞ」


 夏、ガイの部屋で。
 定例のカレーパーティー・・・はさすがに暑いと、それでも麺つゆだけは手作りの「素麺パーティ」をガイ班で行なう、準備をしていた時の話である。


 素麺を茹でてくれたテンテンが、さすがに汗をかいたからと、窓際で『自然のクーラー』に当たって一息ついていたのだが。

 別に彼女が触ったわけではない。単なる偶然であろう、軒先に吊るされていた風鈴がいきなり落ちたのだ。彼女が気持ちよく風に吹かれていた、そのタイミングで。

 ガラスで出来たそれは、石畳の床に落ちてはひとたまりもない。


「ああ、やっぱり紐が切れたか。いい加減古くなっていたからな」


 弟子を制し、自分で残骸を拾い上げたガイは、あまり深刻な表情ではない。寿命が来たことへの感慨こそ、ありはするが。

 
「テンテン、気にしなくていいぞ。実はこの間自分でもぶつけててな。少しひび割れてたから、いつかはこうなる運命だったんだ」
「えー、でも、早く気づいてたら、落ちる寸前にうまく掴めたかもしれないのに」
「珍しいな、テンテン。リーみたいなことを言うじゃないか」
「でも僕だと、かえってその弾みで握りつぶしていたかもしれませんけど」
「つまり、どっちみち壊れていたということだ。自然の摂理だな、うむ」
「・・・。ひび割れていたんだったら、その時点で新しいのと交換した方が良かったんじゃないのか?」


 ───いずれ壊れていたんだから気に病むな。
どっちみちテンテンのせいではないのだし───。


 そんな遠まわしの師弟の心遣いを、ネジも分からないはずはない。だから、自分まで同じような言葉をかけてもわざとらしいと、いつもの冷静な持論をぶつけたのだが。


「う・・・む。いつかは割れるんだったら、それまでは吊るしておきたくてな。
この季節になるといつも出してきていた、亡くなった親父のお気に入りだったんだ」





 ガイの家には、古ぼけた調度品が結構ある。
 いつもがオーバーアクションの上に粗忽で、割れ物をしょっちゅう壊すイメージがある師匠の、物持ちの良さがネジには意外だったのだが。
 なるほど。亡き親を偲んで、丁寧に扱っていたとすれば納得だ。


 一方、庇われる格好になったテンテンは、しばし名残惜しそうに風鈴の欠片を見下ろしている。


「でもあたしこれ、レトロな柄で結構気に入っていたんですよねー。時々風鈴屋さんが売りに来てるの見てても、こういう味のある感じの、あんまりなくって」
「それは気の毒だったな。何せ俺が物心ついた時には、もう軒先でぶら下がっていた代物だ、もうさすがに時代遅れなんだろう」
「・・・つまり結果的に、ガイは自分も時代遅れだと言っているわけか」
「ほほう、うまいことを言うじゃないかね、ネジ。ご褒美に山葵をサービスしてやろう、ほーらてんこ盛り」
「やめろ。子供か、あんたは」
「ちょっとお、やめてよ二人とも」
「何だか楽しそうにも見えますね」


 そろそろみんなで食べましょうよー、と誘うリーの声に促されて、残る3人は食卓へつこうとしたのだが。


「・・・ああ、いい風が来たな」


 すうっ、と忍び込んだ涼風におかっぱ髪をくすぐられ、ガイが思わず目を閉じる。


 リィ・・・ン・・・。


 何故だろう。
 その時ネジには、聞こえるはずのない、あの壊れた風鈴が奏でた音色が聞こえた、ような気がした。


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 古いながらも、どこか温かさを感じられる家屋。
 その縁側で、口ばかりか床も服も真っ赤にしながら、満面の笑みを浮かべてスイカにかぶりついている少年。
 そしてその傍らで、息子の食欲に頼もしさを感じているのか、楽しそうに体を揺すっている父親。微笑む母親。


 リィ・・・ン・・・。


 彼らを見守るように、あのレトロな柄の風鈴が鳴らすのは、涼しげな音。



 何となく、想像がつく。
 あの暑苦しくも情に厚い上司が、さぞや両親に愛されて育ったのだろう、と言うことは。
 そして、その両親が亡くなった際は、さぞや人目をはばからず号泣したのだろう、と言うことも。

 かと思えばガイには、意外なくらい気持ちの切り替えが早いところもある。
 無論、変にこだわっていては、今日まで生き残って来られなかったに違いなく、彼がそれだけの修羅場と激戦を経験してきた、猛者の証だと分かってはいるのだが。

 その、ある意味でのそっけなさが、時々ネジを落ち着かない気分にさせる。

 人を責めろと言うのではない。
 もっと惜しんで涙したところで、誰も咎めも嘲笑もしないのに。
 あの男は『そういう奴』だと、皆が分かっているのだから。


 チリ・・・チリチリーン・・・。


 そんな折り。
 街に出ていたネジはたまたま、風鈴売りの行商を見かけた。
 道端で店を広げ、風鈴をぶら下げて見せている光景は、この時期の風物詩と言っていい。既に何人かは足を止め、商品を眺めている。

 それは一人でだったり、カップルであったり、はたまた親子であったりはするが、誰もが笑顔と共に。


 ───ガイの父親とやらも、こうやって風鈴を選んでいたりしたのだろうか。
 いやあるいは、息子が生まれる前に、夫婦で眺めていたのかもしれない。


 リ・・・リーーン・・・。


 風鈴の音色に誘われ、思わず店へと足を向けていたネジだったが。


「ネジじゃないですか。奇遇ですね」


 そこに立っていたマンセル仲間がにこやかに声をかけてきたので、反射的に回れ右をしたくなった。


「? どうしたんですか?」
「・・・いや」


 別に、リーが風鈴を眺めていて悪いわけではない。むしろ、修行馬鹿と揶揄されるこいつに、風流を愛でる感性があったことを喜んでやるべきであろう。
 そして、自分が風鈴を見に来たところで、何か支障があるわけでもない。

 ・・・が。


「ああ、ひょっとしてネジ、ガイ先生にこの間壊れた風鈴の代わりを、プレゼントしようとしてます?」


 ・・・こう言う事を何の臆面もなく口にする存在と一緒、という事実が、ネジに居心地の悪さを感じさせる。


 ───どうしてこいつは直球なんだ。あの日の、テンテンへの遠まわしな配慮は、どうして自分には発揮されないのか。


 もっとも、過日の出来事は仲間に罪悪感を残さないためであって、今日の場合はむしろ、先生を気遣う弟子の好意。
 それを隠す必要がどこにある、とリーは思っているに違いない。

 
「そ、そうじゃない。もうこんな季節なんだな、と思って・・・」
「良かったー。僕一人じゃ色々悩んじゃって」
「俺の話を聞け」
「良いのはあるんですが、あまり値の張るものだとかえって、先生に気を遣わせてしまうでしょう? ネジ、ここはひとつ二人で折半しませんか?」
「・・・・・・」


 かと思えば、ちゃんと同僚にも気を回すところもあって。
 ここで彼の誘いに乗れば、きっと一人で買うよりはずっと気恥ずかしくない。


「あー、何だ、二人とも来てたんだ。
ねえねえ、ガイ先生に風鈴、お金出し合って買わない?」


 そのうち、テンテンまでが風鈴の音色に誘われたのか現れて、ネジにこれ以上ない口実を作ってくれたのだった。


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 三人で選んだ風鈴を、割れないようにきちんと梱包してもらい、ガイの家へ向かう。元々今日も食事会に呼ばれているので、その時に渡そうとの腹積もりだ。

 テンテンは包みを大事に、両手で抱えながらゆっくりと歩く。それを眺めつつやはり歩調を緩めていたネジだったが、ふと、視線の端に引っかかってくるものがあった。


 緑地の球体に、ギザギサな黒い線。
 水を張った水の中で、それは涼しげに浮いていて。


「・・・リー、テンテン、西瓜は好きか?」


 一応、同行者の好みを聞いてから。
 でないと、下手をすればあの上司と2人で黙々、と消費する羽目に陥りそうで、怖い。

 ネジの問いかけに、リーもテンテンもかなり驚いた表情になった。


「え、ネジもスイカ、好きなんですか? 僕は大好きですよ」
「あたしも好きだけど・・・珍しいわね、わざわざあんたが果物買って行くなんて」
「・・・西瓜は夏の風物詩だ。お前らと折半したおかげで、そのくらいの余裕はある」


 確かに嫌いなら、さすがに自分で買って行こうとはしなかっただろう。
 あの甘さと瑞々しさを好いていて、それを皆で分かち合うのも悪くない、と思う自分がいる。

 それに・・・。


「俺が食べるために買う場合は、どうしても小玉を選ぶしかないからな。
でも四人もいれば、それなりの大きさの西瓜を買うことが出来る。
・・・それがちょっと、嬉しい気がするんだ。子供の時以来、だから」





 ───今考えるに。
 自分の子供時代とやらは、父親が亡くなったあの日、既に終わりを遂げた───ネジはそう、無意識ながら思っていたらしい。
 それは紛れもない事実だ。少なくとも中忍ともなった己は、子供ではない。

 が、自らを律する余り、いつしか四季を楽しむ余裕すら、心の中から閉め出していた気がする。
 それは頑なな幼子と同じだ。口先や技術ばかりが先走り、精神の成長が止まってしまった、歪な子供。


 ガイは───あの、熱血と青春とやらを体現した男は、違う。
 良く笑い、良く泣き、あまりお目にはかからないけれど時々は、怒り。
 まるでいつまでも子供のような言動を繰り返しながらも、体と心をこつこつと鍛え上げ、まっすぐ伸びやかに育った大人、だ。

 そんな彼に何となく引きずられてか、体のどこか奥のところに忘れ去られていた何かが時々、ひょっこりと現れることがある。

 知り合った当初はともかく、今のネジはそれを、あまり不愉快だとは感じない。戸惑いはするけれど。


 ───父さん・・・。


 壊れたあの風鈴にガイが、思い入れがあったように。
 ネジにも、切なさが混ざった懐かしい夏の思い出が、ある。

 尊敬し、大好きだった父親と共に過ごした、幼少の頃。そんなにも長い年月は過ごしていないはずだが、その中の数少ない夏の日、大玉の西瓜を家族と食した楽しい記憶は、確かにあった。

 だから。
 幼きあの日のように、大玉の西瓜を皆で切り分けて食べるのが、素直に喜ばしいと思う。



 ちょっとだけ笑みを浮かべながらそう言うと、連れの二人は相当にびっくりしていた。


「・・・何だ? 俺がそう思うのはおかしいか?」
「え、いえいえ、そういうわけじゃありませんよ、ネジ。
ただ、なんて言うか、その・・・ネジが嬉しい、とかそういう言葉を使うのが、珍しい気がしちゃって・・・」
「え?」
「そうそう、あたしもそう思った。どっちかって言うとネジって、否定的な言葉使う傾向あるじゃない」
「ひ、否定的?」


 同僚からの鋭い指摘に、戸惑いを隠しきれないネジである。
 そして、リーとテンテンはこの時とばかり、無遠慮だ。・・・いつものことだが。


「俺はそんなに否定的な言葉ばかり、使っていたか?」
「ええ」
「うん。素直じゃないなー、って、いつも思ってた」
「・・・・・・・・。そんなつもりはなかったんだが・・・・・」


 無自覚な心の狭さにネジがショックを受けていると、しばらくの間ぽかん、としていたリーとテンテンはいきなり大笑いを始めた。


「ね、ね、リー。今のネジ、見た? 見た?」
「見ましたよ、テンテン。この目でしっかりと」
「何か、下忍の時より子供っぽい顔してなかった〜? 可愛い〜v」
「ええ。がーん、とか、ぼーぜん、とかの擬音が聞こえてきそうでした」
「そうそう。何かさ。いつもは『俺は何でも知ってる』って顔してるのにさ、実は自分のことも知らなかった、ってオチなのねー」

「・・・悪かったな・・・。
いつまでもそうやってろ。その代わり、スイカは買わないからな」


 大人げないと思いながらも、気恥ずかしさを怒りでごまかし、先を急ぐネジ。


「うわー。西瓜を人質にとるなんで、ネジ、ずる〜い!」
「待ってくださいよ〜。別に僕たち、ネジのこと馬鹿にしてるんじゃないのに〜」
「そうよ〜。それこそ嬉しいんだってば、あんたがあたしたちに心許してくれてるみたいでさ〜」


 それでも。
 残してきた仲間二人が、笑いながら追いかけてくるのを、ネジは決して疑わないのだった。



「あー、だが失敗したな。ひょっとしてガイも、自分で買って冷やしていると思わないか?」
「ありえますね。ガイ先生、好きそうですもん。かぶりますかね?」
「大丈夫よ。まだまだ暑いんだし、また明日もスイカ食べに、ガイ先生のところへ遊びに行けばいいじゃない」


◆終わり◆


残暑お見舞い申し上げます


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※こういう話書いておいてなんですが、今年の夏、まだスイカ食べてません。夏休み終わる前に、一度は食べたいなー。

 それにしても、ちゃんちゃん☆ はどうも、夏と西瓜、ってセットで考えるみたいですねー。ここには載せてないけど、以前書いたモン▲ーターンのSSでも、ジープに乗った蒲生さんが西瓜持って、榎木さん家に残暑見舞いに押しかける、ってのがあったから。

 実はこれ本当は、カカシと一緒にいる時にガイ本人が、連想するはずでした。縁側で、かつてのマイト父子が、スイカを食べてるシーン。が、その話を描く機会がないまま、ついネジ視点で書いてみたら思いもかけずハマったという・・・。ゴメン、カカシ。カカシの出番がなくなったのは、ち☆ の連想力のなさが原因だ★

 ちなみに当初、タイトルは「夏の音」でした。けどこれだと風鈴だけを指すこととなるからちょっとなあ、と「色」にしました。風には色がないけど、まあその辺はニュアンスで。「色」は「音色」の意味も込めてます。念のため。




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