「硝子の月」
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「見ようと思って見られるものでもないけどね」 「……だから、お前は何を知ってるんだよ」 判らないことだらけの自分に対し、いつも訳知り顔のこの少女は。 「だから、『運命』だって言ってるでしょ。移ろいやすくて気紛れな、全てを知ることは出来ない『運命』」 彼女の言葉に皮肉な響きを感じ取り、ティオは彼女がついさっき「会いたい人に会えなかった」と泣いていたことを思い出す。 「……お前が『災いの子』って呼ばれてたのって、その瞳のせいか?」 しばしの逡巡の後に遠慮がちに尋ねた。あの建国時代の魔法使いの姿が重なって見えた気がしたのである。 「そうよ」 拍子抜けする程あっさりと、彼女はそれを認めた。 「三百年前の『赤目の魔女』と同じ理由」 彼女もまた同じ人物を思い出したのだと、それで判った。 「彼女はこの国では英雄になったけれど、出身国であるミラ・ルゥじゃ相変わらずの嫌われ者よ。それはそうよね。よその国の建国を助けちゃったんだもの。それもこんな『第一王国』と呼ばれるようになる国の」 「お前もしかして……」 「言ってなかったっけ? 『魔法王国』出身なのよ、あたし」 「……そんな気はしてた」 どの国にも魔法の素質を持つ者は生まれるが、やはり『魔法王国』は突出している。 「あの国に限ったことじゃないんだけど、こういう眼って嫌われるのよね。赤目の上に三百年前の『赤目の魔女』とも似てるし、国にいても風当たりがきついからっておばあちゃんが自分の一座に入れて連れ歩いてくれて。あ、『おばあちゃん』って言っても血は繋がってないらしいんだけど」 彼女は決して口下手ではない。ティオは、絶対口では彼女に勝てないという嫌な自信もある。それにしても今の彼女は妙に饒舌に自分のことを話している。 「色々な国を回ったわ。一座は特にこんなお祭りに出掛けるの。占いをしたり、曲芸をしたり。ここの建国祭は初めてだけど、でも、来てもおかしくないの」 ほろりと、また彼女の瞳から涙が落ちた。今度は幾らか予想していたので、先程よりは驚かずに済んだのだが。 「世界は広くて、この国のこの街だけでも一人で歩くには広くて、でも『運命なら会える』と思ったのに。あたしはそれを知っているんだと思ったのに」 「ぴぃ……」 窓枠の彼女の隣に飛び移ったアニスが慰めるように彼女の腕に頭を擦り寄せる。いつもティオにするように。 「……まだ、その時じゃねぇんだろ」 口をついて出た言葉は、言った本人にとっても思いがけないものだった。 言ったほうも言われたほうも丸くした目を見合わせる。 そしてすぐに、少女が吹き出す。 「あっはっはっ! 自分で言っててその顔はないでしょー!」 「笑うな」 少年は不機嫌な表情をしてみせるものの、内心ほっとしている。 「でもそうね。まだ旅の目的も果たしてないのにちょっと気が早かったんだわ」 笑い過ぎのそれに変わった涙を拭いながら、ルウファは一人で納得したようだった。 「さて、それじゃ気を取り直したところで下に行きましょう。そろそろ次の『運命』がやって来るから」 窓枠から床の上に降りたって、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
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