「硝子の月」
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2003年06月23日(月) <錯綜> 瀬生曲

「やれやれ。『ツイン』も案外使えない……いや、流石は『第一王国』の護り、と言うべきか」
 ファス・カイザが無事であることを傍らの魔法使いに知らされて、ウォールランは溜息をついた。
 これで数日後にはまた愚鈍な王のお守りが始まると思うと気が重い。
「どうしたセレスティア。具合でも悪いのか?」
「いいえ、何でもありません」
 頭からすっぽりと黒い布に覆われている女は静かにかぶりを振った。
「少し横になったらどうだ。どうせこの中には私しかいない」
 自国へと帰る馬車の中にいるのは今この二人だけである。
「ですが……」
「気にするな。その被り物も取れ」
「……はい」
 主に促されるままに黒布を取る。簡素に束ねられた淡い銀色の長い髪。
 そして。
 彼女の瞳は、白い雪花石膏アラバスタだった。


2003年06月11日(水) <発動> 瀬生曲

「国王陛下、アルバート四世ですわ」
 少女はにっこりと微笑んでそう答えた。
「アルティアでは約百年間隔で建国王の御名を受け継ぐ王が立たれて、不思議と肖像画の建国王にそっくりと言われますのよ」
「ほう、面白いな」
 カサネがふむふむと頷いている。ルウファは別に変わった様子はない。
((……この女共は))
 声に出さない台詞まで揃ってしまったティオとグレンだが、本人達も知る由はない。
「国王陛下って……宴に出席しなくていいのか?」
「それはもちろん影武者が」
 一行は再び通路を歩き始める。
「『輝石の英雄ジェム・オブ・ヒーローズ』の部屋は王族の中でも極限られた者しか知りません。この国が『第一王国』と呼ばれる由縁と同じで、例え知ったとしても忘れる人は忘れてしまいますの」
「貴女はその部屋のことも忘れないのね」
「ええ」
 やがて木製の扉が一枚、通路の終わりを告げる。
「失礼致します」
 ノックに続いてそう声を掛け、アンジュがそれを開けた。
 奇妙な部屋だった。入った途端に違和感を感じる。
(……ああ、五角形なのか)
 それぞれの壁には一枚ずつ肖像画が掛けられていた。これが『第一王国』建国に携わったという『輝石の英雄ジェム・オブ・ヒーローズ』なのだろう。
「ご苦労様、アンジュ」
 そのうちの一枚、建国王とその妃が描かれた肖像画の下で青い瞳の青年が微笑する。
(似てる)
 ティオはほとんど無意識のうちにそう思う。
 肖像画の王にも似ている。しかしそれ以上に昨日と今日と、奇妙な体験の中で観た青年によく似ている。とするとやはり、あれは本当に建国王だったのだろうか。
「はじめまして。私はアルティア現国王、アルバート四世。ようこそ、「硝子の月」を求める者達よ」


2003年06月08日(日) <発動> 瀬生曲

「行くのはいいが、入れてもらえるのか?」
 城壁沿いに歩きながら、グレンが至極もっともな意見を述べた。
 普段でも警備は厳重であろうに、各国の要人も集まるこの時期に一般人が入場出来るものだろうか。
「その心配はないみたいよ。ほら」
「「何?」」
 ティオとグレンがルウファの示す方を見やると、
「お待ちしておりましたわ」
 アンジュがにっこりと微笑んでいた。
「待ってたって…」
「どうぞこちらへ。ご案内致します」
 彼女は一行を城壁に不自然に開いた穴に招き入れる。全員が入ったところで穴は自然に閉じた。
「色々と仕掛けがありますのよ」
 説明はにこやかなその一言で終了し、「さあどうぞ」と促して奥へと進んでいく。石造りの通路には等間隔で明かりもある。
(何が何だか)
 今日は色々なことが起こり過ぎている、とティオは思う。
「ピィ」
「うん、大丈夫。何とかな」
 頬に頭を擦り寄せるルリハヤブサの頭をそっと撫でて呟く。もう何があっても驚かないような気がする……多分。
「陛下がお待ちになっているのは『輝石の英雄ジェム・オブ・ヒーローズ』の部屋で…」
「「ちょっと待て」」
「はい?」
 男二人に話を遮られて、アンジュは小首を傾げた。
「「誰が待ってるって?」」
 以前同じタイミングで台詞を言ってしまった時には嫌がっていた少年も、今回それどころではないらしい。


2003年06月04日(水) <発動> 瀬生曲

 中庭に設えられた建国祭用の式典会場での騒ぎは鎮まり、僅かに残っていたそこでの式典も滞りなく済んだ。
「陛下」
 これから大広間での宴となるのだが、その移動の時に声を掛けられる。
「アンジュか」
 振り返ると、優雅に一礼した少女が顔を上げた。深青色ディープブルーの澄んだ瞳と視線がぶつかる。
 古い時代に王家から別れた、建国王の血を引く名門貴族の娘。クリスティン家には王家との婚姻関係もあり、彼女自身は第八位王位継承権を有する。
 しかしそれ以上に、常人とは違ったものを見ることが出来ることで重要視されている。
「イリア様のご子息が」
「……そうか」
 宴に出ている場合では無さそうである。
 若き王はすっと腕を振って人払いをする。
 そこにいるのが二人だけになると、壁に当たる彼の影がむくりと動いた。
「俺の出番か」
 見る間に姿をはっきりとさせたのは、王にそっくりの青年だった。
「いつもすまんな」
「気にするな。上手くお前を演じてやるから行くがいい。『第一王国』国王の務めだ」
 壁から出た青年はにこりと笑う。
「うむ。ではアンジュ、私は例の場所で待つ」
 とんと壁の一角を押すと、ぽかりと穴が出現した。
「畏まりました」
 アンジュが再び頭を上げた時には、既に王の姿も壁の穴も無くなっていた。


紗月 護 |MAILHomePage

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